災害・大事故被災集団への早期介入
提供:#311care_被災者向け医療情報まとめサイト
このページは、兵庫県こころのケアセンター 明石加代,藤井千太,加藤寛
近年、デブリーフィングの無効性あるいは有害性に関する報告が相次いでいるなか、米国では、「サイコロジカル・ファーストエイド(心理的応急処置)」が大規模災害直後の適切な早期介入として各種ガイドラインで推奨されるようになった。この度われわれは米国立PTSDセンターの推奨する「サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き(PFA)」の日本語翻訳版を作成した。PFAは、エビデンスが報告されている災害やテロ直後の援助方法をモジュール式にまとめたマニュアルであり、被災直後のストレスを緩和し、適応的な対処法を強化することを目的とする介入方法が8つの段階に分けてまとめられている。PFAには援助者が被災地で直面しうる様々な状況が細かく記述されており、通読するだけでも、被災地へ入ることへの準備性ができるようになっている。PFAを普及させることは、啓発活動としても大きな意義があると思われる。
Key words
災害時メンタルヘルス、サイコロジカル・ファーストエイド、早期介入、被災者の回復力、災害救援者トレーニング
目次 |
Ⅰ.はじめに
災害や事故や犯罪などが、物質的・身体的な被害だけでなく心にも大きな影響を残すことは、いまや常識とされるほど広く認識されるようになった。自然災害や大事故はもちろん、世界各地に紛争は絶えず、人の集団――小は家族から大は国家まで――のなかで権力をもつ者がそれをもたない者に加える暴力の問題も根深い。このような状況のなか、トラウマ・PTSDに関する研究は、生物学的なものから人文学的なものまで含めて、日々進展し続けている。しかし、複数の被災者、被害者が一時に生み出される大規模な災害が起こったときに、これらのトラウマ学の知見をどのように役立てることができるかについてのコンセンサスは、いまだ十分に行き渡っていないのが現状である。トラウマ学の先進国であるアメリカにおいてこの現実を露呈させたのが、2001年9月11日に発生した同時多発テロ事件であった。
2001年10月31日、事件発生からまだ日の浅い時期、米国ヴァージニアに58人の災害精神保健領域のエキスパートが集まった。Mental Health and Mass Violenceと題されたこの会合7)では、被災後4週間に行われる援助を早期介入と定義し、その時期にできる有効で安全な心理的介入は何かということをめぐって検討が行なわれた。発表された数々の論文が精査された結果、PTSD症状の改善に着実な実績をあげているのは認知行動療法であることが明らかになった。しかし、個人を対象として開発された技法を被災地で多くの人に実施することには困難があることも、同時に指摘された。また認知行動療法が有効だとしても、どの時期に誰に対して行なうのが適切かということに関する専門家間のコンセンサスは、成立しなかった。
この会合の参加者であったKeane博士によると4)、議論のもっとも大きな対立点は、臨床をベースとした介入と公衆衛生をベースとした介入の優先順位の違いであったという。つまり、臨床モデルは個人への対応を優先し、公衆衛生モデルは集団への対応を優先する。公表されていない議論の詳細は知りようがないが、臨床の視点に立てば公衆衛生モデルは個人の多様性を無視した粗雑なものに見えるだろうし、公衆衛生の視点に立てば臨床モデルは効率が悪く「使えない」ものに見えるだろうことは、想像に難くない。しかし、そのような折り合いの難しい議論のなか、領域横断的な合意点を見出せた事柄もあった。それが、「サイコロジカル・ファーストエイド Psychological First Aid」、つまり、心理的な応急処置の重要性である。
われわれはこのほど、原著者の許可をえて、アメリカ国立子どもトラウマティックストレス・ネットワークとアメリカ国立PTSDセンターによって開発された8)「Psychological First Aid Field Operations Guide, 2nd Edition; サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き第2版」の日本語版を作成した。本稿では、大規模災害への早期介入における近年の国際的動向を概観しながら、今回作成した日本語版の骨子を紹介し、適切な早期介入とはどのようなものか考える。
Ⅱ.大規模被災に対する適切な心理的支援とは
まずは近年の大規模災害に対する心理的支援の潮流を概観する。
90年代、集団被災に対する早期介入の定番とされていたのは、心理的デブリーフィング(Psychological Debriefing; PD)である。心理的デブリーフィングとは、外傷的な出来事を体験した直後に、個々の体験を語りあい、それを吟味し、トラウマ反応や対処法に関する心理教育を行なうグループ介入の手法である。元々は消防士に対するPTSD予防の手法としてアメリカで開発された早期介入技法だが、一般の被災者にも適用できるものとして広く知られるようになり、阪神・淡路大震災を契機に日本にも紹介された。
しかし21世紀に入った頃から、心理的デブリーフィングがPTSDの予防に有効ではない、あるいはかえって悪化させることがあるという研究が相次いで発表されるようになった。これらの研究を概観した先行研究2)6)によると、デブリーフィングの欠点は大きく分けて2つあると考えられている。ひとつはタイミングの問題である。被災直後の安全が確保されていない時期に言語化すること、あるいは他の人の語りを耳にすることにより、トラウマ反応がかえって強化されてしまう可能性が指摘されている6)。もうひとつの問題点は回数の問題である。PTSDの発症には個人の歴史、その人をとりまく現在の環境が多大な影響を与える。だとすれば、1、2回の介入でそれらにアプローチするのは、まず不可能であろう2)。
これらの研究報告に対して、心理的デブリーフィングを構造化した「非常事態ストレス・デブリーフィング(Critical Incidents Stress Debriefing; CISD)」を開発したMitchell, J.T. とEverly, G.S. は、「施行者が未熟である」「手順に間違いがある」「対照群に比べて、デブリーフィング群にはより重傷者が多いなど中立的でない研究が含まれている」等の反論を提出している。さらにCISDの効果を支持する数々の研究を引用しながら、CISDは効果的な危機介入であり、急性の心理的危機に伴う苦痛な兆候や症状を軽減できる、と主張している5)。
こうした論争にはしばしば政治的な力動や感情的な対立が絡むため、有益な合意点に達することは難しい。しかし、2000年以降のデブリーフィングをめぐる混乱から、われわれには学べることがある。それはこの混乱が、デブリーフィングがあまりにも万能視され、安易に多用されてしまったことに端を発するという点からである。効果が高い心理的介入とは、安易に用いれば危険なものになりうるものでもある。Mitchellらは、デブリーフィングは精神療法ではないと主張しているが、彼らが効果の根拠として挙げている5)「言語化によるカタルシス」とは、精神分析を源流とする概念である。それはあくまで、治療者との安定した関係性を前提に行なわれる技法である。その意味では、Mitchellらが主張しているように凝集性の高い同一職能集団において職務の一環として行なう介入としてなら、有効性を期待することもできるだろう。しかし、大規模災害において一般の被災者に適用する介入法としては、リスクが大きいといえる。
現在では、災害への早期介入としてデブリーフィングは適切ではないというコンセンサスが、ほぼ成立している。しかし、それでは適切な早期介入とはいったい何なのかという点については、諸説が入り乱れている状態である。このようななか浮上してきたのが、PTSD予防を目的とした心理的介入とは系統の異なる、サイコロジカル・ファーストエイドという概念である。
サイコロジカル・ファーストエイドという名称や概念そのものは、特に新しいものではない。すでに1954年に、アメリカ精神医学会から、Psychological First Aid in Community Disasters と題されたモノグラフが発行されている1)。また、1986年に発行された災害心理学の最初の網羅的なテキストであるRaphaelのWhen Disaster Strikes (邦訳『災害の襲うとき』)にも、サイコロジカル・ファーストエイドは一節をあてて、その重要性が述べられている10)。また、今回われわれが翻訳した冊子の著者のひとりであるPynoosも、80年代にはすでに、子どものトラウマを扱った論文のなかで、サイコロジカル・ファーストエイドの重要性について言及している9)。
ファーストエイドとは、応急手当や救急箱を意味する言葉である。わが国を含む西欧文化圏諸国では一般に、怪我をしたときの基本的な手当の方法がひろく共有されている。小さな傷口は消毒して絆創膏をはる、火傷をしたら冷やす、骨折したら動かさないで固定する等々。心の怪我であるトラウマに対してもそのような基本的な手当が必要であるという考えが、サイコロジカル・ファーストエイドの基礎概念である。では、いったい何がサイコロジカル・ファーストエイドたりえるのか。Raphaelは、その基本となるのは「苦しんでいる当人と共感的関係を確立できる能力」であると述べている。そのためには、「苦しみを認めておだやかに話しかけること、当人の体験、感情、当面のニーズや要求をやさしく探り出すこと」や、「災害時に普通に見られる諸反応についての認識」などが必要であるという。
以上のように、サイコロジカル・ファーストエイドの概念は、メンタルヘルス専門家とってみればいわば常識的で穏当な、ごくあたりまえの対応である。しかしそれゆえに、サイコロジカル・ファーストエイドはその重要性を認識されながら、長らくガイドライン程度にしか扱われてこなかった1)6)。だが災害が「個人や社会の対応能力を超えた不可抗力的な出来事や状況、さらに少なくとも一時的には、個人や社会の機能の重大な崩壊状態をもたらすもの」10)であるとすれば、ひとたび大規模災害という非常事態が起これば、平常時の「常識」は機能しなくなることが必然である。また、災害救援者とは同時に「隠れた被災者」でもある。救援者の側にも過覚醒や精神的麻痺などを含むトラウマ反応、無力感、抑うつ、その他多種多様な防衛反応が起こりうることは、つとに指摘されている10)。
そこで、改めてサイコロジカル・ファーストエイドという概念を見直し、洗練し、可能な限り最新の知見を加えて現場で使えるものにまで練り上げたのが、2005年に第1版が発行された、アメリカ国立子どもトラウマティックストレス・ネットワークとアメリカ国立PTSDセンターによる、「サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引きPsychological first aid; Field operations guide」である。先述のように、兵庫県こころのケアセンターは2006年に改訂された第2版の翻訳許可を得て、日本語版作成を行なった。またそれを受け、当センターにMelissa Brymer 博士とAlan Steinberg博士を招き、2008年3月1日から2日間の日程で研修会を開催した。
翻訳にあたっては、甲南大学大学院人文科学研究科の大学院生(臨床心理学専攻)、および修了生有志7名に下訳作成を依頼した。下訳を参照しながら兵庫県こころのケアセンター第1研究部門主任研究員の明石が翻訳原稿を作成し、同じく第1研究部門主任研究員の藤井、および加藤研究部長が訳稿のチェックを行った。訳語はミーティングを重ねて選定し、特にタイトルの「Psychological First Aid」と文中に繰り返される「survivor」については、「心理的応急処置」や「被災者」などの日本語に置き換えるかどうか検討を重ねた。そのうえで、今回は原著の雰囲気をより正確に伝えるために、基本的には「サイコロジカル・ファーストエイド」「サバイバー」とカタカナ表記し、文脈に応じて適宜日本語に置き換えるという選択を行った。
次節からは、「サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き」の概略を紹介していく。
Ⅲ.「サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き」
Ⅲ-1.概略
「サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き」(以下、ファーストエイドと省略)の構成は、左の通りである。(編集注:本ページでは下に示す)Table of Contents
はじめに Introduction and Overview---3
サイコロジカル・ファーストエイドを行なう準備 Preparing to Deliver Psychological First Aid---8
活動の中心 Core Actions
- 1.サバイバーに近づき、活動を始める Contact and Engagement---12
- 2.安全と安心感 Safety and Comfort---14
- 3.安定化 Stabilization---30
- 4.情報を集める――ニーズと心配事 Information Gathering: Current Needs and Concerns---34
- 5.実際的な援助 Practical Assistance---39
- 6.支えてくれる周囲の人々との関わりを促進する Connection with Social Supports---41
- 7.対処の方法に関する情報 Information on Coping---46
- 8.他の支援事業を紹介する Linkage with Collaborative Services---57
付録 List of Appendices
- 付録 A: サイコロジカル・ファーストエイドの概要 Overview of Psychological First Aid---61
- 付録 B: 活動を行なう現場の環境 Service Delivery Sites and Settings---63
- 付録 C: サイコロジカル・ファーストエイドを行なう人のケア Psychological First Aid Provider Care---65
- 付録 D: ワークシート Psychological First Aid Worksheets---71
- 付録 E: サバイバーのための資料 Handouts for Survivors---73
まず巻頭で、「サイコロジカル・ファーストエイドとは、子ども、思春期の青年、大人、家族を対象とする、エビデンスが報告されている災害やテロ直後の援助方法を、モジュール式にまとめたものである」との説明がなされる。ここでエビデンスという言葉が使われてはいるが、ファーストエイドは、条件を統制した研究による検証をまだ経てはいない。しかしその内容はどれも、これまでに蓄積されてきたPTSDのリスクと回復に関する研究結果から導き出されたものであり、かつ、開発には2001年の米国同時多発テロ事件の被害者が加わっている。その意味で、「エビデンスに基づくevidence-based」ではなく、「エビデンスが報告されている evidence-informed」という表現が用いられている。
ファーストエイドは、安全と安心感を確立すること、利用可能な資源を活用すること、ストレスによってひきおこされる反応を軽減すること、適応的な対処法を促進すること、のちの病理を予防することより自然な回復過程を強化すること、という目的のために考案された8段階の介入によって進められていく。その最大の特徴は、デブリーフィングのように症状や病理性にアプローチするのではなく、回復を促進させる要素を強化し、回復を阻害する要因をとりのぞくことを目的とした介入によって、人々の回復力に働きかけることにある。
提供のタイミングは、被災直後である。提供者は、被害を受けた人々に早期援助を行う精神保健担当者、およびその他の分野の災害救援者である。活動はあくまで組織化された災害救援活動の一部として行われなくてはならない。提供場所は、被災地のあらゆる状況が想定されている。期間や状況や被災者のニーズに合わせて、8つの段階のうち必要な部分をとりだして使うので、活動は1回で終わることもあれば、複数回にわたることもありえる。
2008年3月の研修会で、Blymer博士は「ファーストエイドをtailorする」という表現を何度か用いた。tailorとは洋服を仕立てることである。つまり、一人ひとりの被災者に応じたファーストエイドをその場その場で誂えることが必要なのである。そのためにはいきなり介入するのではなく、まず被災者の様子をよく観察しなくてはならない。そのうえで礼儀正しく穏やかに話しかけ、受容的で共感的な態度によって関係を築いていく。さらに災害を生きのびた人、「サバイバー survivor」の強さを認め、その強さに敬意を払うことも重要な基本的態度として挙げられている。
逆に提供者として望ましくない態度としては、被災者の体験を細かく聞き出そうとすること、被災者の体験を一方的に決めつけること、被災者はすべてトラウマを受けると考えること、被災者の反応を症状と呼んだり診断の観点から話をしたりすること、被災者を説き伏せようとしたり押しつけがましい態度をとったりすること、などが挙げられている。
さて、ここまではどれも重要なことだが、既存のガイドラインと大きく違わない事柄でもある。今回作成したマニュアルの最大の特徴は、これから述べていく8段階に分けられた活動内容である。以下、それぞれの活動が目的とすることを段階別に見ていく。
Ⅲ-2.核となる8つの介入
①サバイバーに近づき、活動を始める Contact and Engagement
ファーストエイドを開始するための、ファーストステップである。自分の名前や肩書き、役割を説明して自己紹介をし、話をしてもよいか尋ねる。最初に聞くべきことは、水や食料が足りているかどうか、急を要する医療的な問題はないかなど、差し迫った問題に関する確認である。
この際に注意しなくてはならないのは、相手との距離、身体接触、目を見つめることなどに対する文化的規範の違いである。日本はアメリカほどの多民族国家ではないが、もちろん外国人はいるし、日本人同士でも対人接触のマナーは地域や年代によって異なる。最初の出会いで、圧迫感を与えず、しかもよそよそしくない適度な距離を見つけることは、援助的関係をスムーズにスタートさせるための重要な要素だろう。被災地という異常事態に入っていくからこそ、このような基本をしっかりと守ることは大切なことである。
②安全と安心感 Safety and Comfort
続いて行なう活動は、安全の確保である。物理的な危険を遠ざけ、災害に関する正確な情報を伝え、それに対してどのような救助活動が行なわれているか説明する。情報を伝えることによって見通しを与え、噂による情報の混乱を整理する。さらに、テレビやインターネットなど、災害を思い出させるものを一時的に遠ざけたほうがよいことを伝える。
この項目でとくに丁寧に記述されているのは、家族が行方不明になっている被災者、あるいは家族を亡くした遺族への対応である。行方不明者のいる家族は、事実の否認、不安、期待、怒り、ショック、罪悪感など様々な感情に翻弄されている。ファーストエイド提供者は被災者のそばにいてかれらの揺れ動く気持ちを受けとめ、正しい情報を伝えることで、かれらが事態に対処できるよう支える。遺族に対しては、愛する人を失ったときに起こりうる反応がどのようなものであるか伝え、悲しみの表現は一人ひとり違うことを説明し、家族がそれぞれの感じ方や表現の仕方を尊重しあえるよう手助けする。また、遺体の取り扱いや葬儀に関する情報、子どもに死を伝えるためのサポートなども、この段階の活動に含まれている。
③安定化 Stabilization
ここでは、被災者が茫然自失していたり、周囲の状況がまったく把握できなくなっていたり、激しく混乱して事態に対処できなくなっている場合に、落ち着きを取り戻せるよう手助けする手法が説明されている。ただしその場合もいきなり介入するのではなく、被災者のプライバシーを尊重するよう、十分に配慮しなくてはならない。たとえば、一旦声を掛けたあと少し時間をおいてから再度接近する、などの対応が望ましい。
激しい情動に圧倒されている被災者に対しては、自分の反応を理解できるよう手助けし、今後の見通しをもてるようにする。激しく興奮してこちらの言葉が耳に入らない場合は、基本的な事実を一緒に確認しながら、意識を具体的な現実に引き戻すような介入を行なう。たとえば子どもに対しては、周りに見える色を5つ言わせるなどの介入方法が紹介されている。薬物治療は、これらの介入を行なっても反応がない場合にのみ、特定のターゲット(不眠やパニック発作など)を絞り込んだうえで考慮すべきである、とされている。
④情報を集める:ニーズと心配事 Information Gathering: Current Needs and Concerns
ファーストエイドによる介入をその人にあったものにするために、現在被災者に何が必要なのか確認する。そのために、被災体験の性質や激しさをある程度知ることは不可欠であるが、被災直後に詳細な描写を求めることにはリスクがともなう。情報の明確化は、被災者が自分のペースで話せる範囲にとどめるべきである。
情報収集のポイントは次のような事柄である。愛する人の死、被害の状況や継続している脅威への心配、愛する人の安否が確認できない、身体的・精神的疾患と投薬の必要性、喪失、強い自責感や恥の感覚、支えてくれる人がいるかどうか、過去の外傷体験、薬物乱用の既往など。得られた情報を整理するためのワークシートが、付録として添付されている。
⑤実際的な援助 Practical Assistance
被災者の抱えている複数のニーズに優先順位をつけ、実際的な援助を提供する。そのためにはまず、被災者とよく話し合ってニーズを明確化しなければならない。
「行方不明の家族を探す」など、すぐに満たすことの難しいニーズも当然ある。その場合でも、それに近づくために今できることは何か考え、一歩ずつ前に進んでいくことが大事である。達成可能な小さな目標を設定することで、うまく事態に対処できないという感覚を減少させることができる。
⑥支えてくれる周囲の人々との関わりを促進する Connection with Social Supports
周囲の人々からの支え(ソーシャルサポート)は、被災後の精神的な安定と回復を促進させる大きな要素である。少しでも早く家族や友人など身近な人々に連絡を取るよう、被災者を励ます。
そのような支えを持たない人に対しては、現在身近にいる他の被災者や援助者との交流を促す。たとえば避難所などで人々がグループになっているときには、互いに自己紹介してもらい、交流のきっかけをつくるとよい。子どもの集団には、グループゲームなどを導入する。
ひきこもったり社会的に孤立している人たちに対しても、どのような支援がその人に最も役立つか考えて、慎重に時と場所を選んで介入していく必要がある。
なお、周囲の人々との交流が回復に役立つことを説明し、その際に気をつけるポイントをわかりやすくまとめた配付資料が巻末に添付されている。
⑦対処の方法に関する情報 Information on Coping
一般的なストレス反応、および外傷体験や喪失に対する心的反応に関する情報を提供し、事態に対処できるよう援助する。被災後に予想される反応をまとめた配付資料「おそろしいことが起こったら」が巻末に添付されている。
これらの反応に対するよい対処法と悪い対処法について、被災者と話し合う。被災者が様々な対処法の選択肢についてじっくり考えられるよう手助けしながら、不適切な対処行動を減らし、適切な対処行動を強化していく。さらに、緊張、怒り、不眠、否定的感情、アルコールや薬物への依存などに対する具体的な介入を行なう。
ここは認知行動療法の知見がふんだんに盛り込まれた箇所である。従来のガイドライン的なファーストエイドとは一線を画している部分であり、最も多くのページが割かれている項目でもある。
⑧他の支援事業を紹介する Linkage with Collaborative Services
現在被災者が必要としている、あるいは将来必要となる他の事業や機関に紹介する。次の援助者に引き継ぐときには、被災者が同じ話を繰り返さなくても済むように、知り得た基本情報を文書にまとめて紹介先に伝える。また、自分が現場を退くときには、被災者に見捨てられたという感じを与えないような配慮が必要である。援助関係を継続させることのできる立場にいる他の援助者に、直接引き継ぎをすることが望ましい。
付録・配付資料
巻末には、ファーストエイド提供者のための情報と、被災者への配付資料が添付されている。
ファーストエイド提供者のための情報のうち、とくに重要なものは援助者のセルフケアに関する情報である。活動に入る前に検討しておくべきこと、活動中に起こりえる様々な反応とそれへの対処法、活動終了後に配慮すべき事柄などが記載されている。援助者はセルフケアを行ない、自分自身の安全をしっかりと守りながら活動しなくてはならない。
被災者への配付資料として、以下の資料が巻末に添付されている。周囲の人とのつながりの重要性を知ってもらうための「人と人とのつながり」、トラウマ反応と対処法をまとめた「恐ろしいことが起こったら」、発達段階ごとに対応のヒントをまとめた一覧表、の以上3点である。
Ⅳ.考察
阪神・淡路大震災以降、日本における大規模災害被災者に対するメンタルケアは、格段に進歩した。アメリカと違って、日本には保健所や精神保健福祉センターなど地域に根ざしたメンタルケアのシステムがあり、それが新しい知識と結びつくことによってさらに有効に活かされるようになってきつつある。
しかし一方で、トラウマやPTSDが注目されるようになったことにより、ひとたび世間の耳目を集めるような大きな災害や事故が起こると「こころのケアの必要性」が喧伝される傾向が顕著になってきてもいる。その結果、地元行政機関が混乱している時期に、外部から被災地に支援者がつめかけるという問題が浮上している。地元の担当者がそれに振り回されてしまうと、「とりあえず何かやってみる」というような場当たり的対応がなされることになる。デブリーフィングをめぐる混乱は、まさにそのような流れのなかで起こった問題であろう3)。
このたび日本語版作成に携わるなかでわれわれは、ファーストエイドはそのような援助者側の混乱をおさめる器として有効なのではないか、という実感をもった。本マニュアルは構成内容のバランスがよいだけでなく、援助者が災害現場で直面する可能性のある様々な状況がこまやかに記述されており、これを通して読むだけで大規模災害という異常事態へ入っていくことへの準備性ができてくる。その段階をふんでこそ、地に足の着いた、メンタルケアの基本をしっかりと守った活動は可能になる。
このマニュアルを普及させていくことは、啓蒙活動としても大きな意義があると思われる。
近年サイコロジカル・ファーストエイドという概念が注目されるようになったことにともない、誰がそれを担うべきかという議論も起こっている。つまり、サイコロジカル・ファーストエイドが治療や予防的介入ではないなら、メンタルヘルス専門家が行なう必然性はどこにあるのかという問題提起である。ファーストエイドの担い手はメンタルヘルスの専門家ではなく、すべての災害救援者とするべきであるとの主張1)や、災害心理学とトラウマ学は区別されるべきものであり、災害への早期介入にトラウマやPTSDの知識は不要である、と主張する災害心理学領域からの発言11)もある。
これらの提言は近年のトラウマ・PTSDブームへの警鐘として真摯に受け止めるべきものである。しかし、だからといって災害への早期介入にトラウマ・PTSDの知識は必要ないと断定してしまうのは、早計に過ぎるように思われる。むしろ、トラウマやPTSDへの認識が広がったからこそ、次はそれらの専門的な知識や技術をいつ、誰に、どのような姿勢で提供するべきか(あるいは提供するべきではないか)、知る時期に来ていると考えるほうが、より建設的なのではないだろうか。「サイコロジカル…」は、高度な知識と技術をもつ専門家にとっても、自らの手にしている鋭いメスを安全に運用する姿勢を学ぶためのテキストとして有用である。
おわりに
今回紹介した「サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き」日本語版は、今後兵庫県こころのケアセンターのウェブサイトにアップ・ロードして、無償配布する計画である。加えて、今回われわれが受講したような研修を当センターでも開催できるよう準備を進めていく。
そのなかで検討すべき課題としてもっとも大きなものは、非常時指揮システム(ICS; Incident Command System)の問題である。ファーストエイドは、系統立った災害対応システムの枠内で実施することを想定してデザインされている。実際に使えるものにしていくためには、非常時指揮システムのなかに被災者への早期介入を有効に組み込んでいく必要があるだろう。今後、このマニュアルを普及させていくこと、より日本の風土や現場のニーズにあうものにしていくことを課題としたい。
【参考文献】
1) Everly, G.S., Flynn, B.W.: Principles and Practical Procedures for Acute Psychological First Aid Training for Personnel Without Mental Experience. International Journal of Emergency Mental Health, vol.8, No.2, 93-100, 2006.
廣常秀人, 大澤智子, 加藤寛: 外傷的出来事後の認知行動療法を中心とする早期介入の治療および二次予防の有効性. 心的トラウマ研究, 第1号, 87-93, 2005.
3) 加藤寛, 鈴木友理子, 金吉春: [レクチャー:座談会] 自然災害とメンタルケア. トラウマティック・ストレス, Vol.6, No.1, 103-111, 2008.
4) Keane, T. M. : PTSDの治療と予防――その最新の知見. 心的トラウマ研究, 第1号, 27-35, 2005.
5) Mitchell, J.T., Everly, G.S.: Critical Incident Stress Debriefing: An Operations Manual for CISD, Defusing and Other Group Crisis Intervention Services, Third Edition. (高橋祥友訳, 緊急事態ストレス・PTSD対応マニュアル. 金剛出版, 2002.)
6) 長江信和, 金吉晴: 災害時を想定した外傷後ストレス障害の一時予防について. 精神保健研究, 18, 81-90, 2005.
7) National Institute of Mental Health: Mental Health and Mass Violence: Evidence-Based Early Psychological Intervention for Victims/Survivors of Mass Violence. A Workshop to Reach Consensus on Best Practices, NIH Publication No.02-5138, U.S. Government Printing Office, 2002.
8) National Center for PTSD: Pynoos,R.S., Nader,K.: Psychological First Aid and Treatment Approach to Children Exposed to Community Violence: Research Implications. Journal of Traumatic Stress, Vol.1, No.4, 445-473, 1988.
10)Raphael, B.: When disaster strikes: how individuals and communities cope with catastrophe. Basic Books, 1986. (石丸正訳: 災害の襲うとき: カタストロフィの精神医学. みすず書房, 1989)
11)Reyes, G., Elhai, J.D.: Psychosocial interventions in the early phases of disasters. Psychotherapy: Theory, Research, Practice, Training, 41(4), 399-411, 2004.http://www.ncptsd.va.gov/ncmain/ncdocs/manuals/nc_manual_psyfirstaid.html
編集注:なお、兵庫県こころのケアセンターHP上にて本文献で取り上げられている「サイコロジカル・ファーストエイド 実施の手引き」日本語版 第2版が公開されている。
編集責任:田頭 弘子(Cardiff大学)