新型インフルエンザ等対策特別措置法とは
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新型インフルエンザ等対策特別措置法とは 最終更新 2020年3月14日 21:35
新型インフルエンザ等対策特別措置法(新型特措法)の成立経緯
2009(平成21)年に新型インフルエンザA(H1N1)が世界を襲ったとき,日本には新型インフルエンザをはじめとする新興感染症に対峙するための法令は,「感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)」があるのみでした.
感染症法では第6条第7項において新型インフルエンザ等感染症を定義し,第15条に基づく積極的疫学調査や行政検査,第19条に基づく入院(強制)等の蔓延防止のための様々な法的措置を規定しています.これら措置の権限は都道府県知事及び保健所設置市長にあり,知事/設置市長が権限を行使することで新型インフルエンザの蔓延防止を図ることを目指します.
指定感染症とは|感染症法の解説も参照 |
ただし,感染症法の規定が及ぶ範囲は,患者や疑い患者,接触者の他には,患者が使用した建物や発生地域の交通制限等のみです.エボラ出血熱等の,重大だが発生患者がごく少数に留まる感染症の蔓延防止は,感染症法の範囲内でも対応可能と言えるでしょう.
しかし新型インフルエンザのように,重大かつ多数(最大で数千万人)の患者が発生する新興感染症の蔓延防止は,感染症法の運用だけでは対応困難です.
多数の患者が発生する新興感染症の蔓延防止には,集会の制限,医療用資材等の流通の制限,経済安定化の施策,新興病原体に対する予防接種等の,日本全体をカバーする措置が必要なこともあります.感染症法にはそうした規定がないため,法的根拠をもって措置を行うことができないのです.
実際に2009(平成21)年の新型インフルエンザ発生時には,そうした広範囲の措置を法的根拠が乏しいまま実施したり国民や企業等に「要請」することとなり,種々の混乱を招きました.
それらの反省は,厚生労働省が2010(平成22)年3月に招集した「新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議」によって討論・総括されました.
同会議は7回にわたって会合を行い,最終結論は同年6月に「報告書」として公開されました.(会議メンバーリストはこちら).
報告書が指摘及び提言した項目は多岐に渡りますが,最も重要な点として,「発生前から周到に準備し,人員と予算を充当し,必要な法整備を図ること」が明記されました.
これが契機となり,報告書の2年後の2012(平成24)年に当時の民主党政権下で成立したのが「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下,新型特措法)です.
重大かつ多数の患者が発生する新型インフルエンザに対し,蔓延防止のための広範な措置を法的根拠をもって行うために制定されたのが, |
新型特措法が対象とする感染症
新型特措法が対象とする疾患は,実は新型インフルエンザだけではありません.
感染症法第9条に基づく新感染症も新型特措法の対象疾患です.
新型特措法第2条第1号に明記されています.
(定義)
第2条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。 |
まず,感染症法第6条第7項に規定される「新型インフルエンザ等感染症」とは,下記の2種類を指します.
新型インフルエンザ | 新たにヒト-ヒト感染の能力を獲得しパンデミックを生じた,新興型のA型インフルエンザウイルス |
---|---|
再興型インフルエンザ | 過去にパンデミックが終息して長期間経過したものが再度のパンデミックを生じた,再興型のA型インフルエンザウイルス |
法令用語及び行政用語では,上記2種類を総称する際に「新型インフルエンザ『等』感染症」と呼びます.
次に,感染症法第9条に規定される「新感染症」とは,下記を指します.
新感染症 | ヒト-ヒト感染する,重大かつ未知の新興感染症 |
---|
新感染症は病原体が未特定でも指定することが可能です.実際に2003年に発生したSARSは,病原体未特定だった同年4月の段階で新感染症に指定されています.後に病原体が新興コロナウイルス(SARS-CoV)であると特定され,特定後の6月に指定感染症へと指定し直されました.
これら「新型インフルエンザ等感染症」と「新感染症」が,新型特措法の対象疾患です.
ただし,非常に紛らわしいのですが,新型特措法においては「新型インフルエンザ『等』感染症」と「新感染症」を総称して「新型インフルエンザ『等』」と呼ぶのです.
すなわち,法令用語・行政用語としては,
- 「新型インフルエンザ等感染症」と呼ぶ場合は,感染症法第6条第7項に基づく「新型インフルエンザ+再興型インフルエンザ」の総称
- 「新型インフルエンザ等」とのみ呼ぶ(「感染症」を続けない)場合は,新型特措法第2条第1号に基づく「新型インフルエンザ+再興型インフルエンザ+新感染症」の総称
なのです.
大変紛らわしいので十分にご注意ください.
名称 | 根拠条文 | 総称 |
---|---|---|
新型インフルエンザ等感染症 | 感染症法 第6条第7項 |
新興型インフルエンザ +再興型インフルエンザ |
新型インフルエンザ等 | 新型特措法 第9条第1号 |
新型インフルエンザ等感染症 すなわち, 新型インフルエンザ |
新型特措法の対象疾患は,
|
新型コロナウイルス感染症の追加指定
新型特措法は前述のとおり「新型インフルエンザ等」=「新型インフルエンザ等感染症+新感染症」にしか適用されません.
しかし,2020(令和2)年3月13日の新型特措法改正により「附則第1条の2」が加えられ,同3月14日付けで新型コロナウイルス感染症を新型インフルエンザ等とみなして,新型特措法を適用することが定められました.
期間は,同時に制定された政令により,2020(令和2)年3月14日~2021(令和3)年1月31日の約10か月間の時限です.
2020(令和2)年3月14日~2021(令和3)年1月31日 |
新型特措法の特徴,感染症法との違い
新型特措法の目的を見てみましょう.どんな法律も第1条で「目的」を述べています.
(目的)
第1条 この法律は、国民の大部分が現在その免疫を獲得していないこと等から、新型インフルエンザ等が全国的かつ急速にまん延し、かつ、これにかかった場合の病状の程度が重篤となるおそれがあり、また、国民生活及び国民経済に重大な影響を及ぼすおそれがあることに鑑み、新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画、新型インフルエンザ等の発生時における措置、新型インフルエンザ等緊急事態措置その他新型インフルエンザ等に関する事項について特別の措置を定めることにより、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号。以下「感染症法」という。)その他新型インフルエンザ等の発生の予防及びまん延の防止に関する法律と相まって、新型インフルエンザ等に対する対策の強化を図り、もって新型インフルエンザ等の発生時において国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とする。 |
長い条文ですが,整理するとこうなります.
- 新型インフルエンザ等(=新型flu+再興型flu+新感染症+時限で新型コロナ)が発生すると,患者個人だけでなく,国民生活や国民経済全体にも重大な影響を及ぼすため,
- 発生前には「新型インフルエンザ等対策」の「実施に関する計画等」を立て,
- 発生時には「発生時における措置」「緊急事態措置」「その他特別の措置」を定め,
- 新型特措法と感染症法やその他の関連法律を相互補完して新型インフルエンザ等対策を強化し,
- 国民生活や国民経済に及ぼす影響を最小とすることが,新型特措法の目的
すなわち,
- 感染症法は患者個人やその周辺にフォーカスした法律
であるのに対し,
- 新型特措法は国民生活や国民経済の全体にフォーカスした法律
であると言えます.
ここで第1条に,
- 発生前の,
- 「新型インフルエンザ等対策」
- 「実施に関する計画等」
- 発生時の,
- 「発生時における措置」
- 「緊急事態措置」
- 「その他特別の措置」
の計5つの文言が出てきます.
これらはすべて新型特措法内に明記されており,これらの対策,計画,措置はすべて法的根拠を持って実施できるわけです.
また,感染症法の条文の大半は主語が「都道府県知事は」となっています.
すなわち,感染症法に規定された措置の実施権限の大半は都道府県知事(及び保健所設置市長)にあることを意味します.
感染症法の主役は実は都道府県知事・保健所設置市長なのです.
これに対し,新型特措法の条文は「国は」「政府は」「都道府県知事は」「市町村長は」「指定公共機関は」など主語が多彩です. すなわち,新型特措法に規定された内容はさまざまなレイヤーの権限又は義務として実施され,まさに国全体に施策が及ぶように作られているのです.
新型特措法は,新型インフルエンザ等が国民生活や国民経済に及ぼす影響を最小限にするための法律 |
新型特措法における特別な用語
新型特措法第2条により,下記の用語に特別な意味が定められています.
新型インフルエンザ等 | 新型インフルエンザ等感染症+新感染症(※前述) |
---|---|
新型インフルエンザ等対策 | 政府対策本部の設置から廃止までの間に実施される,国民生活及び国民経済への影響を最小にするための一連の措置のこと |
新型インフルエンザ等緊急事態措置 | 緊急事態宣言から解除宣言までの間に実施される,新型インフルエンザ等対策よりも踏み込んだ一連の強い措置のこと |
指定行政機関 | 中央省庁その他政府機関のこと |
指定公共機関 | 公共性公益性が高い事業者,企業等で,新型特措法において権限や義務を負う団体のこと
|
指定地方公共機関 | 上記指定公共機関と同様の事業を,都道府県の管轄内で行っている団体のこと |
国,自治体(地方公共団体),事業者,国民の責務
新型特措法は第3条及び第4条で,国,自治体(地方公共団体),事業者,国民のそれぞれの責務を下記のように定めています.
主体 | 責務 |
---|---|
国 |
|
自治体(地方公共団体) |
|
指定公共機関 指定地方公共機関 |
|
事業者 (※上記以外の企業・団体等の総称) |
|
国民 |
|
これらからわかるとおり,感染症法の主体が都道府県・保健所設置市であるのに対し,新型特措法の主体は国を根幹としてさまざまなステークホルダーにわたっています.
新型インフルエンザ等対策と行動計画
「新型インフルエンザ等対策」とは,新型インフルエンザ等が発生したときに「政府対策本部」が設置されてから廃止されるまでの間に行われる一連の措置を総称したものです.
ただし,それら措置を新型インフルエンザ等が発生してから慌てて考えるようでは間に合うはずがありません.
そのため,事前に「行動計画」として策定することになっています.
行動計画は政府,都道府県,市町村,公共機関の各レイヤーがそれぞれ策定します.
担当 | 名称 | 根拠条文 | 内容 |
---|---|---|---|
政府 | 政府行動計画 | 第6条 |
|
都道府県 | 都道府県行動計画 | 第7条 |
|
市町村 | 市町村行動計画 | 第8条 |
|
指定公共機関 指定地方公共機関 |
業務計画 | 第9条 |
|
指定行政機関 | 第10条 |
|
発生時における措置
新型インフルエンザ等の「発生時における措置」は,新型特措法の第3章(第14条~第31条)に定義されています.
最も重要な点は,第15条に基づいて「政府対策本部」が設置されることです.政府対策本部の長は内閣総理大臣です.
現在の新型コロナウイルス感染症に対しても既に政府対策本部が設置されていますが,これには特段の法的根拠はありません.
これに対して新型特措法における政府対策本部は法的根拠があり,次のような責務及び権限が与えられます.
- 新型インフルエンザ等への基本的な対処の方針(「基本的対処方針」)を定める
- 指定行政機関(=中央省庁),指定公共機関(=公益事業者等)に対して「総合調整」を行う
さらに,第22条に基づいて,「都道府県対策本部」も設置されます.都道府県対策本部の長は知事です.
都道府県対策本部には同じく下記の権限が与えられます.
- 関係する指定行政機関,指定公共機関に対して「総合調整」を行う
上記の「総合調整」とは,敢えて細かい内容は規定されていません.新型インフルエンザ等の対策に関してありとあらゆる方面で(=総合),対策をきちんと実行するための各方面への要請や指示等(=調整)を行う,包括的な権限を与えていると解釈できます.
さて上述の包括的な,言い方を変えれば抽象的な権限に対して,第29条,第30条,第31条では具体的かつ強大な権限を厚生労働大臣及び都道府県知事に与えています.
条文 | 権限者 | 内容 | 説明 |
---|---|---|---|
第29条 | 検疫所長 | 停留の施設の使用 |
|
第30条 | 政府対策本部長 (内閣総理大臣) |
来航の制限 |
|
第31条 | 都道府県知事 厚生労働大臣 |
医療,ワクチンの実施の要請又は指示 |
|
特に医療関係者に影響するのは第31条でしょう.都道府県知事から医療を要請された場合,正当な理由がなければ拒否できないことになります.
緊急事態措置
新型インフルエンザ等が「甚大な影響」を及ぼし,前項の「発生時における措置」だけでは不十分と考えられる場合は,政府対策本部長(内閣総理大臣)は「新型インフルエンザ等緊急事態宣言」を行うことができます.
緊急事態宣言は強大な権限を政府対策本部長(内閣総理大臣)に与え,市民の人権に重大な影響を及ぼすことから,最長2年の時限が第32条第2項に定められています.
上記「甚大な影響」は別途政令(新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令)で定められます.
現行の政令では下記が要件として規定されています.
条文 | 緊急事態宣言を行う要件 |
---|---|
施行令 第6条第1項 |
新型インフルエンザ等による肺炎,多臓器不全,脳症(その他厚生労働大臣が定めるもの)の症例の発生頻度が,季節性インフルエンザよりも相当程度高い場合 |
施行令 第6条第2項 |
新型インフルエンザ等の感染経路が積極的疫学調査(感染症法第15条)によっても特定できない場合 |
上記要件に従って緊急事態宣言が行われると,第33条に基づき,前項で解説した政府対策本部長(内閣総理大臣)による「総合調整」の権限が,「指示」の権限へと一段昇格します.指示とは事実上の強制命令と解釈できるでしょう.
また,緊急事態宣言に伴って「市町村対策本部」が設置され,市町村対策本部長(=市町村長)に「総合調整」の権限が与えられます.
さらに,緊急事態宣言に伴って,下表のような相当に広範囲な措置の権限又は義務が発生します.
条文 | 権限者又は責務者 | 内容 |
---|---|---|
第45条 | 都道府県知事 |
|
第46条 | 政府対策本部 |
|
第47条 | 指定公共機関のうち医療機関,医薬品販売等の業者 |
|
第48条 | 都道府県知事 |
|
第49条 | 都道府県知事 |
|
第50条 第51条 |
都道府県知事 市町村長 指定行政機関長 |
|
第52条 第53条 |
各事業者 |
|
第54条 | 指定行政機関長 都道府県知事 |
|
第55条 | 都道府県知事 |
|
第56条 | 厚生労働大臣 都道府県知事 |
|
第58条 | 内閣 |
|
第59条 | 指定行政機関長 地方自治体首長 |
|
第60条 | 政府系金融機関 |
|
第61条 | 日本銀行 |
|
第62条 | 国,都道府県 |
|
第63条 | 都道府県 |
|