「新型コロナワクチンまとめ(医療従事者向け)」の版間の差分
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!style="width:50%;"|プラセボ群 | !style="width:50%;"|プラセボ群 | ||
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− | |8人<hr>2,214人年 | + | |align="middle"|8人<hr>2,214人年 |
− | |162人<hr>2,222人年 | + | |align="middle"|162人<hr>2,222人年 |
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!colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間) | !colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間) | ||
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− | 95.0% (90.3-97.6) | ||
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''2回目接種14日後以降のCOVID発症'' | ''2回目接種14日後以降のCOVID発症'' | ||
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+ | |align="middle"|3.3人<hr>1,000人年 | ||
+ | |align="middle"|56.5人<hr>1,000人年 | ||
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+ | !colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間) | ||
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+ | |colspan="2" align="middle"|94.1% (89.3-96.8) | ||
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''2回目接種14日後以降のCOVID発症'' | ''2回目接種14日後以降のCOVID発症'' | ||
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− | + | !style="width:50%;"|実薬LD→SD群 | |
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+ | |align="middle"|3人<hr>1,367人年 | ||
+ | |align="middle"|30人<hr>1,374人年 | ||
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+ | !colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間) | ||
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+ | |colspan="2" align="middle"|90.0% (67.4-97.0) | ||
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− | + | !style="width:50%;"|実薬SD→SD群 | |
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+ | |align="middle"|27人<hr>4,440人年 | ||
+ | |align="middle"|71人<hr>4,455人年 | ||
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+ | !colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間) | ||
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+ | |colspan="2" align="middle"|62.1% (41.0-75.7) | ||
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!重症COVIDの予防効果 | !重症COVIDの予防効果 | ||
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''接種後時期を問わない重症COVID'' | ''接種後時期を問わない重症COVID'' | ||
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− | + | !style="width:50%;"|実薬群 | |
− | + | !style="width:50%;"|プラセボ群 | |
+ | |- | ||
+ | |align="middle"|1人<hr>4,021人年 | ||
+ | |align="middle"|9人<hr>4,006人年 | ||
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+ | !colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間) | ||
+ | |- | ||
+ | |colspan="2" align="middle"|88.9% (20.1-99.7) | ||
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''2回目接種14日後以降の重症COVID'' | ''2回目接種14日後以降の重症COVID'' | ||
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− | + | !style="width:50%;"|実薬群 | |
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+ | |align="middle"|0人<hr>14,073人 | ||
+ | |align="middle"|30人<hr>14,073人 | ||
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+ | !colspan="2"|Vaccine Efficacy (95%信頼区間) | ||
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+ | |colspan="2" align="middle"|100% (算出不能-100) | ||
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!有害事象 | !有害事象 | ||
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*ワクチン反応性症状はいずれも実薬群で多い | *ワクチン反応性症状はいずれも実薬群で多い | ||
*その他の重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない | *その他の重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない | ||
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*ワクチン反応性症状はいずれも実薬群で多い | *ワクチン反応性症状はいずれも実薬群で多い | ||
*その他の重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない | *その他の重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない | ||
− | | | + | |valign="top"| |
*重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない | *重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない | ||
*実薬群2回目接種14日後に発生した横断性脊髄炎1件はワクチンとの関連の可能性がある | *実薬群2回目接種14日後に発生した横断性脊髄炎1件はワクチンとの関連の可能性がある |
2021年1月17日 (日) 11:41時点における版
目次
おことわり
本ページは,新型コロナワクチンについての医療従事者向けのまとめです.
内容は2021年1月10日時点でサイト管理者が得ている情報に基づいています.
重要な情報更新があった場合はページ内容も更新するよう努力しますが,すべての情報をリアルタイムには網羅できていないことをご承知おきください.
また,一般の方の閲覧をお断りするものではありませんが,医療従事者以外には難解な箇所もありますのでご了承ください.
なお,個人のワクチン接種の是非を含めて,ご自身の健康に関わる疑問等については,かならず主治医,かかりつけの医師,保健所等にご相談ください.
要点と個人的見解
本ページはかなりのボリュームですので,ここに要点と個人的見解を整理します.
詳細は各本文をご参照ください.
|
開発が進む新型コロナワクチン
2020年1月10日に中国当局が新型コロナウイルス発見とその遺伝子配列を公表したその日から(※),この新興病原体に対するワクチン開発競争が始まりました.
- (※)Pfizer-BiONTechのphase 3論文には,実際に「1月10日から開発に着手した」と書かれてあります.
日本を含む世界中の研究機関や製薬会社,バイオベンチャー企業がしのぎを削って開発を進めている様子は,下記のサイト等で随時更新されています.
※サイトごとにまとめ方が異なるため,開発段階ごとのワクチン数はそれぞれ異なります.
日本で接種される可能性が高い3ワクチン
輸入契約が結ばれている等の理由で日本で接種される可能性が高い,かつ既に開発国で認可済み(緊急使用承認含む)のワクチンは,下記の3ワクチンです.
開発元 | 開発拠点国 | 開発コード名 |
---|---|---|
|
米国 | BNT162b2 |
|
米国 | mRNA-1273 |
|
英国 | AZD1222 |
本ページでは,2021年1月10日時点の情報を基に,上記3ワクチンについてまとめています.
以下,3ワクチンを次のように呼ぶことにします.
- Pfizerワクチン
- Modernaワクチン
- AstraZenecaワクチン
米国と英国では既に認可済み
3ワクチンは開発拠点国の米国と英国で既に使用認可が下り,医療従事者をはじめとして市中での接種が始まっています.
ワクチン | 米国での認可 | 英国での認可 |
---|---|---|
Pfizerワクチン | 2020年12月11日 緊急使用認可(同23日改訂) | 2020年12月2日 通常認可 |
Modernaワクチン | 2020年12月18日 緊急使用認可 | 2021年1月8日 通常認可 |
AstraZenecaワクチン | (未認可) | 2020年12月30日 通常認可 |
ワクチンの効果「vaccine efficacy」とは,「接種しなかったので感染した人数」から「接種したけど感染した人数」への「割引率」
本題に入る前に,ワクチンの「効果」を知っておきましょう.
「このワクチンを接種すると95%の予防効果がある」とは具体的にどういう意味なのか?
ワクチン学では,ワクチンの効果を「vaccine efficacy, VE」と呼びます.
私の知る限り定まった日本語訳はないようです.直訳すれば「ワクチン効果」ですが,あまり見かけない表現ですね.
私は英略称のまま「VE」と呼んでいます.
Vaccine efficacy, VEの単位は「%(パーセント)」です.
EBMを学んだ方向けの表現をすれば,こういうことです.
何のことはない,相対リスク減少 RRRのことなんですね.
ワクチンの効果 vaccine efficacy (VE)
=接種群のプラセボ群に対する相対リスク減少(%) |
噛み砕いて言えば,こうですね.
ワクチンの効果 vaccine efficacy (VE) とは, 「接種しなかったので感染した人数」から |
例として,新しいワクチンの治験に未感染者20,000人が参加し,10,000人が実薬群,10,000人がプラセボ群に割り付けられたとします.
割付 | 割付人数 |
---|---|
実薬群 | 10,000 |
プラセボ群 | 10,000 |
接種後に一定期間観察したところ,実薬群では5人が感染したのに対し,プラセボ群では100人が感染しました.
割付 | 割付人数 | 感染者数 | 感染率 |
---|---|---|---|
実薬群 | 10,000 | 5 | 5/10,000=0.05% |
プラセボ群 | 10,000 | 100 | 100/10,000=1.00% |
実薬群の感染率 5/10,000=0.05% は,プラセボ群の感染率 100/10,000=1.00% に比べて,95%の減少,つまり「95%割引」です.
割付 | 割付人数 | 感染者数 | 感染率 | 感染率の減少度合い=割引率 |
---|---|---|---|---|
実薬群 | 10,000 | 5 | 5/10,000=0.05% | (1.00 - 0.05)÷1.00 =0.95 (95%) |
プラセボ群 | 10,000 | 100 | 100/10,000=1.00% |
この「95%」が,ワクチンの効果 vaccine efficacy, VEなんですね.
ワクチンを接種することで「感染リスクが95%割り引かれる」と言うこともできます.割引率95%の超お値打ち品ということです.
3ワクチンの製法について
3ワクチンのうち,PfizerワクチンとModernaワクチンは「mRNAワクチン(メッセンジャーRNAワクチン)」です.
残るAstraZenecaワクチンは「ウイルスベクターワクチン」です.
ワクチン | 製法 |
---|---|
Pfizerワクチン Modernaワクチン |
mRNAワクチン |
AstraZenecaワクチン | ウイルスベクターワクチン |
mRNAワクチンはヒトでの実用化が史上初,ウイルスベクターワクチンはヒト実用化が史上2例目という,どちらも最先端の製法と言えます.
名前だけでは何のことかわかりませんね.
簡単に説明しましょう.
mRNAワクチンとは
ヒトの細胞が生命活動をする際に,自分が持つ遺伝子(化学的にはDNAの分子)から必要な部分を読み取ってタンパク(タンパク質)を合成することは,よく知られています.
遺伝子DNAを読み取る際には,DNAの二重らせん鎖をいったんほどき,読み取り部分のDNA配列にマッチするようなRNAを作ります.
このRNAを「メッセンジャーRNA,mRNA」と呼ぶのでした.
メッセンジャーRNA,mRNAは細胞核の中で作られ,完成後は細胞核の外=細胞質の中に出されます.
細胞質の中には大量のアミノ酸があり,mRNA配列に対応したアミノ酸がリボソームと転移RNAのはたらきで次々に結合することで,目的のタンパクが作られるという仕組みです.
- ※ここまでの一連のプロセスを美しいCGで解説した動画がYouTubeで公開されています.是非ご覧ください.
つまり,ヒトの細胞は,mRNAがあればタンパクを作ることができるのです.
これを利用したのがmRNAワクチンです.
ヒトの免疫が病原体に応答して記憶するときには,その病原体特有のタンパクを記憶します.
ということは,ヒトの免疫が応答しやすい病原体タンパクを選んで,それをヒトの体に入れれば,免疫が付きます.
しかし病原体タンパクを人工合成するのは簡単ではありません.
一方で,遺伝子工学の進歩により,RNAを人工合成することは非常に容易になりました.
病原体タンパクを作るようなmRNAを人工的に合成して,ヒトの体に入れれば,ヒトの細胞がmRNAに基づいて病原体タンパクをどんどん作ってくれます.
作られた病原体タンパクは,単なるタンパクであって病原体そのものではありませんので,ヒトに感染症を起こすことは決してありません.
しかしその病原体タンパクにヒトの免疫が反応することで,病原体に対する免疫を付けることができます.
これがmRNAワクチンの原理です.
「病原体のタンパクをヒト自身に作らせる」というのが,古典的なワクチンとは全く異なる新しい技術なんですね.
なお参考までに古典的なワクチンに比喩するなら,病原体タンパクだけが体内で増えるという点,接種する物質もmRNAという「自己増殖機能を持たない分子」である点で,不活化ワクチンに似ていると言えるでしょう.言い換えれば,生ワクチンとは決定的に違います.
mRNAワクチンの専門的な解説については,下記の総説論文がわかりやすいです.
Pardi, N., Hogan, M., Porter, F. et al. mRNA vaccines — a new era in vaccinology. Nat Rev Drug Discov 17, 261–279 (2018). https://doi.org/10.1038/nrd.2017.243 |
ウイルスベクターワクチンとは
ウイルスベクターワクチン viral vector vaccine は,日本の行政文書では「組換えウイルスワクチン」と呼ばれることもあります.
上記のとおり,病原体タンパクを作るmRNAをヒトの体内に入れるのがmRNAワクチンです.
それに対して,病原体タンパクを作る遺伝子を,他の無関係なウイルスの遺伝子の中に組み込んで(無関係ウイルスの遺伝子を組み換えて),組み換え遺伝子を持つ無関係ウイルスをヒトの体内に入れるのが,ウイルスベクターワクチンです.
無関係ウイルスは遺伝子を運ぶだけの役割であり,「ベクター vector」と呼ばれます.
ベクターは「媒介体」と訳されることもありますが,病原体を生物から生物へとうつす(媒介する)虫などのこともベクターと呼びますね.例えば日本脳炎やデング熱を媒介する蚊やツツガムシ病やSFTSを媒介するマダニはベクターです.
どんなウイルスも,生物の細胞の中に入ると自分が持つ遺伝子を細胞の中に出して,生物の細胞が持つアミノ酸や塩基をフル活用し,自分と同じ遺伝子とタンパクを複製する性質を持っています.
ベクターウイルスもヒトの体内で細胞内に入り,自分が持つ遺伝子によってタンパクを作るわけですが,病原体の遺伝子がそこに組み込まれているためにヒト細胞は病原体タンパクをせっせと作ることになります.
つまり,ベクターウイルスがヒト細胞に入って組み換え遺伝子を細胞内に出した時点で,mRNAワクチンと同じことが起きるのです.
これがウイルスベクターワクチンの仕組みです.
病原体タンパクをヒト細胞に作らせるために,mRNAを直接入れるのがmRNAワクチンですが,遺伝子をベクターウイルスに運んでもらうのがウイルスベクターワクチン,という違いですね.
なお,ベクターウイルスは“生きた”ウイルスとしてヒト体内に入るため,元のウイルス自体に病原性があっては困ります.当然のこととして,ヒトには一切病気を起こさないウイルスだけがベクターウイルスとして選ばれます.
ヒト用ワクチンとしては,エボラウイルスに対して実用化された「rVSV-ZEBOV vaccine」が最初です(※エボラワクチンの経緯は後述).
なお古典的なワクチンに比喩するのは,ちょっと難しいです.“生きた”ウイルスを接種するという点では生ワクチンのようにも思えますが,今回のAstraZenecaワクチンでは自己複製機能つまり増殖機能を欠失させた「チンパンジー・アデノウイルス」を使っているため,厳密には“生きた”ウイルスとは言えません.組み換え遺伝子をヒト細胞へ運ぶベクターとしての役割のみに注目すれば,mRNAワクチンと同じく不活化ワクチン的な要素が強いと言えるかもしれません.つまり,古典的なワクチンに喩えるのは難しいですね.
ベクターウイルスワクチンの専門的な解説には,下記の総説をご参照ください.
Ewer KJ, Lambe T, Rollier CS, et al. Viral vectors as vaccine platforms: from immunogenicity to impact, Current Opinion in Immunology, 41, 47-54(2016). https://doi.org/10.1016/j.coi.2016.05.014. |
その他の新型コロナワクチン候補の製法
今回実用化された3ワクチンの製法は2種類ですが,他にも様々な製法の新型コロナワクチンが開発中です.
それらの製法については,WHOの資料や日経バイオテクの記事,GAVIによるCG動画などに簡潔にまとまっていますので,ご参照ください.
3ワクチンの治験 phase 3 論文と,そのインパクト
中国・武漢市で最初の患者が2019年12月に発見されてからわずか1年後の2020年12月,3ワクチンの治験 phase 3 の結果を報告する論文が peer-reviewed journal に掲載されました.
私の率直な感想を述べると,「病原体発見からわずか11ヶ月で(※)有望そうな3つもワクチンが登場するとは,予想を遙かに超えていた」です.
- (※病原体発見は2020年1月で,どのワクチンも2020年11月までの結果を集計しています)
ワクチン開発は,古典的な製法による過去の実績では,数年から10年以上かかるのが一般的でした.
新興病原体に対する新規ワクチンは,病原体が登場するたびに開発は開始されるものの,最近50年以内に登場したおよそ40種の新興病原体のうち実際にヒトで実用化されたワクチンは,前述のエボラワクチンのみです.
- (※新型インフルエンザワクチンは,元々技術が確立されている季節性インフルエンザワクチンを応用する形なので,新興病原体への完全な新規ワクチンとはやや事情が異なります)
エボラワクチンは治験でのヒト投与から効果確認まででも5年かかりました.
それが,新型コロナではゼロからのスタートからたったの1年で先進国2ヶ国が承認するところまでこぎつけました.しかもヒト実用化が初めてのmRNAワクチンが2つも含まれています.
長期的な効果や未発見の副反応など課題は山積みですが,mRNAワクチンであれウイルスベクターワクチンであれ今回で実績が定まれば,再び新興病原体が登場しても遺伝子工学によって速やかにワクチンを新規開発することができます.
新型コロナだけでなく未知の新興病原体への対策にも希望を切り拓いたという点で,ワクチン史に残る出来事だと言えるでしょう.
【閑話】
エボラウイルスの発見が1976年,ワクチン開発が動物実験レベルで始まったのは2005年でした.前述のとおりウイルスベクターワクチンで,rVSV-ZEBOVワクチンと呼ばれました.
これが緊急治験の形でヒトに本格的に投与されたのは,2014年をピークに西アフリカで大流行した際が初めてでした.しかし致死率が50%を超える病原体であることから倫理的理由によりプラセボ群を設定せず,実薬群のsingle armのみの治験でした.それゆえに,治験結果は疑問視されました.
次の2018年のコンゴ民主共和国での大流行では,効果が疑問視されたままのエボラワクチンを人道的使用 compassionate use として投与しています.この使用実績を2019年に解析したところ,接種者のエボラ発症が未接種者に比べて97.5%抑えられていた(VEが97.5%だった)ことが判明し,ようやく効果が実証されました.
それを踏まえ,WHOは2019年,rVSV-ZEBOVに事前認証 prequalification を与えました.WHOによる事前認証とは,薬剤や医療機器等を自国で検証することが困難な国・地域向けにその品質や安全性を国際機関として担保する制度のことで,“WHOによるお墨付き”に相当します.そこに至るまでヒト治験開始の2014年から数えても5年,動物実験レベルからは14年,病原体発見からは43年が経過しています.
【閑話休題】
3ワクチン論文のかんたんまとめ
では本題です.
ここでは3ワクチン論文の主要なところを整理します.
より詳細なまとめはこのページの末尾にあります(←クリック!).興味のある方はご参照ください.
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |||||||||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
参加者 |
|
|
| ||||||||||||||||||||||||||||||||
投与法 |
|
|
| ||||||||||||||||||||||||||||||||
COVID発症の予防効果 |
2回目接種7日後以降のCOVID発症
|
2回目接種14日後以降のCOVID発症
|
2回目接種14日後以降のCOVID発症
| ||||||||||||||||||||||||||||||||
重症COVIDの予防効果 |
接種後時期を問わない重症COVID
|
2回目接種14日後以降の重症COVID
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
有害事象 |
|
|
|
一見してわかるとおり,mRNAワクチンであるPfizerワクチンとModernaワクチンは,非常に似通った結果となっています.かつ,2回目接種直後(7日or14日後以降)のCOVID発症予防について,vaccine efficacy, VE は95%前後と極めて優れた結果を示しました.加えて,重症COVIDについても約90%超の VE を示し,少なくとも治験期間中の観察においては,抗体依存性感染増強 ADEの懸念を跳ね返しました.
AstraZenecaワクチンも,投与量が異なる実薬2群で約90%または70%と高い VE を示しました.
ただし,投与量が異なっていることについては,かなり複雑な背景があります.詳しくは下記の「方法:治験での投与法」をご参照ください.
また,複数の効果のうち「90%」については,治験担当者自ら疑義を呈している点に留意が必要です.詳しくは下記の「結果:効果 vaccine efficacy」をご参照ください.
そして,有害事象については,3ワクチンとも「ワクチンとして当然予想される,接種部位疼痛や発熱などの反応性症状」が実薬群で多く観察されたのみで,ワクチン関連が疑われて注意を要する重篤有害事象はほぼありませんでした(※).
- (※)AstraZenecaワクチンでは実薬との関連が現時点では否定できない横断性脊髄炎の報告が1例あり,さらなる検証が待たれます.
一言で言えば,「効果が期待できて,重篤または接種をためらう有害事象が観察されないワクチンを,よくぞこの短期間で3種も実用化までこぎつけたものだ」と感嘆するレベルです.
認可後に米国CDCが発表したPfizerワクチンでのアナフィラキシー反応
ここで,治験ではなく,米国での緊急使用認可後の市中接種で初めて報告されたアナフィラキシー反応を見ておきましょう.
米国では2020年12月11日(金)にPfizerワクチンの緊急使用認可が出され,週明け14日から全米各地で急速に接種が始まりました.治験参加者よりも遥かに多い人数が短期間で接種を受けたため,アナフィラキシー反応の報告も相次ぎました.
それを受け,2020年12月14日-23日の10日間に報告されたアナフィラキシー反応について,米国CDCが2021年1月6日に以下のとおり発表しました.
- VAERS(※米国のワクチン接種後有害事象集計システム)に2020/12/14-/23の間に,Pfizerワクチン接種後のアナフィラキシー反応が,計21例報告された
- この間に同ワクチンは 1,893,360 本接種された(全員が1回目接種)
- アナフィラキシー反応の発生頻度は100万接種当たり11.1件である
- 21例中15例は接種後15分以内に発生した;時間経過の中央値は13分,範囲は2-150分だった
- 21例中17例はアレルギーの既往があった;さらにうち7例はアナフィラキシー反応の既往があった
- 診療録が確認できた20例全員が快復し帰宅できた
同じ米国での不活化インフルエンザワクチンによるアナフィラキシー反応は,米国CDCの報告によると100万接種当たり1.41件とされています.
したがって,見かけの数字としてはPfizerワクチンは不活化インフルエンザワクチンよりアナフィラキシー反応を起こしやすい可能性があります.
ただし,Pfizerワクチンは新登場のワクチンであるため,接種担当者が他のワクチンよりも注意深く観察したりより多くVAERSに報告している可能性が否定できません.
また,「たかだか180万件程度」の実績から判断しているため,今後1,000万件や1億件接種されれば,アナフィラキシーの報告数が変動する可能性も残されています.もちろん,11.1/100万よりも大きな数字になるかもしれません.
アナフィラキシー反応の発生頻度については,引き続き注意深く情報収集する必要があります.
なお,アナフィラキシー反応はワクチンに限らずありとあらゆる薬剤投与で付きまとう副作用です.すべての医師・医療職が,常にいかなる薬剤においてもアナフィラキシーに備えているべきです.
- ちなみに私は研修医時代に,ナウゼリン座薬を処方した患者が診察室脇のトイレですぐに挿肛した途端にアナフィラキシーショックを起こされた経験があります.
今回の3ワクチンだけで過度にアナフィラキシーをおそれるのは控えるべきでしょう.
3ワクチン論文からわかること,わからないこと
3ワクチン論文から効果と有害事象を読み取ることができますが,論文から「わかること」と「わからないこと」を改めて整理すると,下記のとおりです.
判明した結果ばかりに目を奪われず,「まだわからないこと」をしっかり認識することが重要です.
論文からわかること
- PfizerとModernaのmRNAワクチンでは,2回目接種の7日or14日後以降の時点で,COVIDの発症(症状が出てから検査・診断されるCOVID)が,約95%の VE で予防できる.
- AstraZenecaのウイルスベクターワクチンでは,2回目接種の14日後以降の時点で,COVIDの発症,約70-90%の VE で予防できる.
- 3ワクチンともに,ワクチンとして当然予想される接種部位疼痛や発熱などの反応性症状はプラセボよりも多く観察されたが,明らかにワクチンが原因と思われる重篤な有害事象は治験期間中には観察されなかった.
CDC報告からわかること
- Pfizerワクチンは180万件接種された時点で,100万接種当たり11.1件のアナフィラキシー反応が生じた
まだわからないこと
- 3ワクチンとも,2回目接種から長期間経過後(例えば半年後,1年後,5年後など)でも予防効果が続くのか,いずれ減弱してプラセボとの差がなくなってしまうのか,まだわからない.
- ※2回目接種からCOVID発症までの治験中の平均追跡期間は,3ワクチンとも40日台~80日台,すなわちせいぜい3ヶ月以内.
- ※治験参加者をさらに長期間観察すれば長期効果もわかっていくが,世界的大流行が続く中でプラセボ接種者に本当のワクチンを打たないまま1年も2年も経過観察するのが倫理的に許されるのか,議論が出る可能性がある.ただしプラセボ接種者に今後本当のワクチンを接種すれば,その後の長期間の効果は判定不可能になる.
- PfizerワクチンとModernaワクチンでは,無症状COVID感染が予防できるのか,まだわからない.
- AstraZenecaワクチンでは,無症状COVID感染の予防は検出されなかった.
- 3ワクチンとも,他者への感染を予防できるのか,まだわからない.
- ※悪いシナリオとしては,「3ワクチンで発症は予防できるが他者への感染性は予防できない可能性」がある.すなわち集団免疫が獲得できず,接種した個人だけにメリットがある可能性が,今のところは否定できない.
- 治験参加人数(約1万~4万人)と観察期間の範囲では検出できなかった稀な重篤有害事象が今後報告されるのか,まだわからない.
- 治験参加人数と観察期間の範囲では検出できなかった抗体依存性感染増強 ADE が今後報告されるのか,まだわからない.
2021年1月10日時点ではっきり言えること
以上を踏まえて,現時点で下記のことははっきり言えるでしょう.
|
3ワクチンが普及する場合に想定されるシナリオ
開発拠点国である米国,英国およびイスラエル等の輸入国では既に接種が開始され,合計で数100万人が接種を終えています.
日本でも2021年2月の接種開始に向けて急ピッチで自治体やプライマリケア医療機関が準備を進めています.
3ワクチンが普及していくにつれ,想定されるシナリオを列挙します.
良いシナリオ
まずは良いシナリオからです.
ワクチンによるパンデミックの終息
当然のことながら良いシナリオとして「COVIDパンデミックがワクチンによってコントロールされていく」ことが浮かびます.
ただしこれは,接種が始まったばかりの現段階では,「期待」のレベルでしょう.「月」の単位で得られるシナリオでは到底ありませんし,「確実に○年以内にワクチンがCOVIDを制圧する」と予測することも困難でしょう.
ワクチン接種者が発症and/or重症COVIDから守られる
これは3論文を読む限りでは,ワクチンを接種した人がCOVIDの発症and/or重症化から高確率で守られるということは,ほぼ断言できるでしょう.
予防効果の持続期間は未だ不明ですが,原著3論文にある Kaplan-Meier 曲線を見る限りでは,下側に位置する実薬群のなだらかなカーブが,プラス2-3ヶ月以内に急激に上向きにシフトして上側のプラセボ群のカーブに近づくという可能性は,低そうです.
悪いシナリオ
悪いシナリオもきちんと想定する必要があります.
悪いシナリオを未然に防ぐことは困難ですが,備えをして被害を最小限にとどめる努力は必要でしょう.
予防効果が長期的に減少していく
Kaplan-Meier曲線の印象からは実薬群のカーブが「急激に」上向く可能性は低いと思いますが,徐々に上を向き始めてプラセボ群カーブとの差がだんだん縮まっていく,というシナリオは想定する必要があると思います.
そもそも新型コロナウイルス SARS-CoV-2 への感染が終生免疫を得るというエビデンスは今のところなく(※世界最初の患者の感染から1年ちょっとしか経ってないんですから当然です),少数ながら2回目の感染例も世界中で報告され続けています.
ということは,ワクチンで得た免疫が長期間~生涯にわたって感染を予防してくれる保証もまたないわけです.
あるいは,ワクチンの性能として長期間もたない可能性もあります.その場合は一定期間ごとに再接種する戦略があり得ますが,再接種がブースターとして機能するかどうかを改めて治験または市販後臨床研究する必要があるでしょう.
効果が減弱または消失するような変異株が流行する
すでに英国を中心に感染力が増強した変異株が世界の50地域以上で発見されています.
国立感染症研究所は日本におけるリスクアセスメント等を随時更新しています.
現時点では,ワクチンの効果が減弱するようなエビデンスは見つかっていませんが,「エビデンスが見つかっていない状態」であることに留意する必要があります.True endpointとしての効果確認,すなわち「変異株が集中的に流行する人口集団においても3ワクチン接種者はプラセボ(未接種者)に比べてCOVID感染が減少した」ということは確認されていません.時間経過を考えれば当然のことです.
なお,Pfizer/BiONTech社は,下記のような in vitro 実験を行った旨を1月8日付のプレスリリースで発表しています.
- 英国発の変異 N501Y を持つ SARS-CoV-2 を人工合成
- 治験phase 3の実薬群の参加者20人の血清を用いて変異ウイルスの中和反応を確認
- 20人の血清はいずれも変異ウイルスおよび変異なしウイルスの双方を中和した
上記実験を好意的に解釈するならば,少なくともPfizerワクチンはN501Y変異株には効く「はず」と言えますが,本当の効果は上述のとおり実際の感染阻止で判断されねばならないので,引き続き注意深く情報収集する必要があります.
少なくとも,「変異株に効かない可能性に留意はしつつも,それでも今接種を控えるべき理由は何もない」ということは明確に言えます.
重篤有害事象が新たに報告される
3ワクチンの治験では,実薬群に有意な重篤有害事象は報告されませんでした(AstraZenecaワクチンでの横断性脊髄炎1例は関連が否定されていないレベル).
しかし一般的に,ワクチンの重篤有害事象は数100万人~数億人に接種しつつ医師が丁寧に論文等で報告し続けることで,数ヶ月~数年かけて因果関係が検証されていくものです.
せいぜい4万人程度の参加者数と平均2-3ヶ月程度の観察期間では,起こりうる重篤有害事象をすべて発見することは不可能であることを,しっかり認識せねばなりません.
もちろん,時間をかけて因果関係が定まっていく重篤有害事象の頻度は,100万接種当たり数件程度のごく低頻度であることが一般的です.したがって,未知の重篤有害事象を過度に怖がって接種しないのは,得策とは言えません.その低いリスクよりも,第3波の真っただ中でCOVIDに感染してしまうリスクの方が,ずっと高いはずです.
個人の選択としては,未知の低頻度な重篤有害事象をおそれて接種しないのではなく,COVIDに感染して生活が著しく阻害されたり生命の危険にさらされるリスクを減らすために接種を受ける方が,ずっと得策でしょう.
抗体依存性感染増強 ADE が新たに報告される
コロナウイルスの免疫を語る際には,「抗体依存性感染増強 Antibody-dependent enhancement, ADE」という概念を必ず考えねばなりません.
何やら難しい言葉ですが,ざっくり言えばこういうことです.
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ADEを起こす病原体は珍しいのですが,コロナウイルスはどうなのか?
コロナウイルスは数多くの動物種に感染することが知られています.何しろ現在のSARS-CoV-2は何かの動物(コウモリ?ヘビ?)だけに感染していたはずのコロナウイルスが変異してヒトにも感染するようになったという仮説がありますし,SARS-CoV-2自体がさらにイヌやネコやミンクやゴリラに感染することがわかっています.
ネコだけに感染するネココロナウイルスもあります.
ネココロナウイルスのうち,ネコ感染性腹膜炎ウイルス(FIPV)というコロナウイルスはその名のとおりネコに重篤な感染性腹膜炎を起こしますが,これがADEによるものであることがわかっています.
一方でヒトに感染するコロナウイルス7種のうち,明らかなADEの報告は1種もありません.SARS-CoV-2は少ないながらも2回感染する症例が世界各地から報告されていますが,2回目が重症となった患者は決して多くはなく,今のところSARS-CoV-2がADEを起こすというエビデンスはありません.
ただし,2003年に世界でアウトブレイクを起こしたSARSウイルスでは,ワクチンの開発段階で「開発中のSARSワクチンを接種したサルにおいて,T細胞レベルでの理論的なADEの可能性」が報告されました.
SARSウイルスワクチンはその後SARSそのものが終息したため,ヒトでの治験に進むことはありませんでした.そのためSARSワクチンがヒトで臨床的なADEを起こすのかどうかは不明なままです.
今回の3ワクチンでは治験において「重症COVIDは実薬群で減少するのか,または増加するのか」というエンドポイントが設定されました.実薬群で増加する,すなわち実薬群の方が重症COVIDが多く観察されるなら,ワクチン接種でADEが起きたと疑われるわけです.結果的に重症COVIDは実薬群で有意に少なかったため,少なくとも治験での人数・観察期間ではADEは検出されなかったことになります.
しかし,あくまで治験では検出されなかっただけです.今後数100万人,数億人と接種した場合に,ADEが後から発見される可能性がまだ残されています.
実際にワクチン開発において,治験では重症化が減少することが観察されたにもかかわらず,市販後の検証でADEの可能性が考えられた事案がありました.
デングウイルスに対するワクチン「Dengvaxia」の事案でした.
デングウイルスは以前からヒトにADEを起こすことが知られています.
デングウイルスには4つの血清型(1型,2型,3型,4型)があり,ヒトは1つ1つの血清型には終生免疫を獲得します.
しかし,「最初に感染した血清型に対して産生されるようになった抗体が,2番目に感染した血清型と相互作用して,2回目のデング熱は1回目のデング熱より重症化しやすい」という現象が起きます.これが抗体依存性感染増強,ADEです.
デングウイルスのADEは特に小児で起きやすいことがわかっています.
例えば,2-14歳の小児 8,002 人を観察したコホートで,デング抗体を有する小児は抗体を持たない小児に比べて,その次のデング感染で重症デング(デング出血熱またはデングショック症候群)に 7.64 倍罹患しやすいという研究があります(信頼区間3.19-18.28).
Katzelnick LC, Gresh L, Halloran ME, et al. 2017. "Antibody-Dependent Enhancement Of Severe Dengue Disease In Humans". Science 358 (6365): 929-932. doi:10.1126/science.aan6836. |
そのためデングウイルスワクチンの開発に当たっては,「ワクチンで産生された抗体がその後のデング感染でADEを起こさないように設計する」ことが至上命題です.これは開発者にとって高いハードルとなり,デングワクチン実用化には長い時間がかかりました.
その末に2014年,治験phase 3で ADE が観察されなかったデングワクチンがついに登場しました.
後に商品名「Dengvaxia」と名付けられるこのワクチンは,phase 3でデング感染すべてに対して 56.5% の VE を示しました.さらに,重症デングの1形であるデング出血熱に対する VE も 88.5% と良好な数字を示したのです.
今回の3ワクチンと状況は似ています.
しかし,翌2015年に発表された下記の治験後長期観察では,接種から3年以内のデング感染による入院は,9歳以上の小児および成人ではプラセボに比して相対リスクが 0.50 (95%CI 0.29-0.86) と有意に減少しましたが,9歳未満の小児については相対リスクは 1.58 と「実薬群の方がデング入院が多くなる」という結果となりました.ただし95%信頼区間は 0.83-3.02 と1をまたいだため,統計学的な有意差は認められませんでした.
「9歳未満小児で実薬群の方がデングによる入院が増えたが統計学的有意差はなかった」という微妙な結果に対して,掲載誌の New England Journal of Medicine は掲載号のエディトリアルで警告を発しています.
Simmons, Cameron P. 2015. "A Candidate Dengue Vaccine Walks A Tightrope". New England Journal Of Medicine 373 (13): 1263-1264. doi:10.1056/nejme1509442. |
この流れの翌年2016年,フィリピン政府は世界で初めて Dengvaxia を「9歳以上の小児および成人」に限定して定期接種として導入しました.長期観察で9歳以上はデング入院が減少していたためです.
その後6ヶ月超の間に83万人あまりの小児が Dengvaxia 接種を受けた頃,2017年11月末に製造元の Sanofi Pasteur が重大な発表を行いました.
Dengvaxia のさらなる長期成績を解析したところ,
- Dengvaxia接種前に既に1回以上のデング感染歴があった者では,Dengvaxia は2回目以降のデング感染も重症デングも予防する
- Dengvaxia接種前にデング感染既往がなかった者では,Dengvaxia 接種後の初めてのデング感染によって,逆に重症デングが増加する
という結果が明らかとなったのです.
そして Sanofi Pasteur は Dengvaxia の添付文書を「接種対象者はデング感染既往がある者に限る」と改訂したのでした.
Sanofi Pasteur の発表を受けて,フィリピン保健省は2017年12月に Dengvaxia 接種を直ちに中止しました.
これが史上初のデングウイルスワクチンが辿った悲劇です.悲劇はデングワクチンだけに留まらず,フィリピン全土での“反ワクチン忌避”にまでつながりました(後述).
今回の3ワクチンでも,数年後に同様の事態が起きる可能性はまだ残されていると言わざるを得ません.
ただし,仮に新型コロナワクチンで1-数年後にADEが報告されたとしても,統計学的な検証で初めて発見されるはずです.治験phase 3で重症COVIDに対する VE が88%超という高い成績を示したわけですから,「ワクチン接種者が短期間に次から次へと重症COVIDを発症していく」のようなシナリオはほぼあり得ないでしょう.それでも,1-数年後に重症COVID患者に対するワクチン接種という曝露の有無について症例対照研究を行うと,ひょっとしたら統計学的にはワクチン接種者の方が重症化のオッズ比が有意に高くなるかもしれません.Dengvaxiaと同じ道を辿る可能性はまだあるのです.
もちろん,そのようにして発見されるADEならば,頻度は相当に低いはずです.であれば,「この重症COVID患者はワクチン接種が原因だ」などと断定することはまず困難でしょう.
未知の重篤有害事象と同じく,相当低頻度と予想される接種後ADEのリスクと接種しない場合の感染リスクを比較すれば,接種によるメリットの方がずっと大きいと考えられます.
個人の選択としては未知のADEへの懸念を理由に接種を控えるのは得策ではありませんが,ワクチンに対する医学的評価としてはADEの可能性は常に検証せねばならないということです.
その他,新型コロナとADEについて下記の総説もご参照ください.
Dengvaxiaの中止はフィリピンで大変な問題となり,市民,特に小児の保護者のワクチン忌避を引き起こしました.
現実には,治験ではなく定期接種として接種を受けた小児の大半で過去にデング既往があったかどうかはわかりません.フィリピンでは毎年数10万人がデングに感染するため,発熱してもデングを疑った厳密なウイルス学的診断は殆ど行われず,臨床診断されるのみか受診すらしないケースばかりだからです.
よって,Dengvaxia接種児が実際に重症デングに罹患したとしても,それが Dengvaxia による抗体が原因でのADEなのか,初感染であっても Dengvaxia とは関係のない(ADEではない)重症化なのか,はたまた Dengvaxia前に感染歴があって前回感染の抗体によるADEなのか,個々の症例で区別することは困難でした.
そもそも研究において統計的にのみ観察された事象について,市中での個々の症例が研究でのどちらの群に相当するのかを区別することは,原理的に不可能です.
しかし,一般市民はそのようには理解しません.Dengvaxia接種児が重症デングになれば,保護者が「うちの子はワクチンのせいで重症化した」と嘆くことは想像に難くありません.また,医療関係者がその保護者の考えを否定することもできません.
その結果,「Dengvaxiaは危険なワクチンだ」→「すべてのワクチンが危険だ」と世論がエスカレートしてしまいました.
その煽りを最も強く食らったのが,麻疹でした.
Dengvaxia中止前の2017年までは,フィリピンでの麻疹含有ワクチンの接種率は80-90%と比較的高く推移していました.特に2017年は89%と良好な成績でした.
ところが2018年は67%,2019年でも73%と破滅的に激減しました.
- WHO vaccine-preventable diseases: monitoring system. 2020 global summary - Coverage time series for Philippines (PHL)
- ※「MCV1」参照;他のワクチンも軒並み接種率が激減しています.
麻疹は感染力が強い(基本再生産数が12-18;新型コロナは2.5)ため,ワクチン接種率は95%以上を維持しなければ制御できないとされています.70%を割るような落ち込みは,麻疹大流行を間違いなく引き起こします.
実際にフィリピンの麻疹発生数は,2017年2,428人→2018年20,827人→2019年48,525人と,壊滅的に増加しています.
フィリピンにおける Dengvaxia の顛末をまとめた Wikipedia記事によると,2018年時点で Dengvaxia に由来する重症デング児は 14 人発生したと推定され,うち 3 人が死亡しました.
これに対して,フィリピンの2019年における麻疹アウトブレイクをまとめた Wikipedia記事によると,2019年4月13日までのわずか4ヶ月あまりだけの集計でも 415 人が麻疹で死亡しています.
死者の数だけで比較するのは不謹慎なのは承知の上で,
Dengvaxia由来のADEで3人死亡したことがきっかけで,麻疹ワクチンで守られるはずだった415人(実際にはもっと多数)が死亡した |
と言わざるを得ないのです.
重篤有害事象やADEの報告がきっかけでワクチン忌避が起きる
重篤有害事象であれADEであれ,個人の選択としてはそれらの低いリスクよりもCOVIDに感染する高めのリスクにこそ目を向けて,積極的に接種を受けるべきでしょう.
一方で,それらが広く社会にもたらす影響も忘れてはいけません.
重篤有害事象やADEの報告は,どうしてもマスメディアやSNSの耳目を引きます.センセーショナルに報道されたり,過度に恐れる言説がSNSで広まると,ワクチンに対する忌避反応が社会の中で起きます.
「コロナワクチンは怖い」「コロナワクチンを打つとコロナに感染するよりひどい目に遭う」などの考え方が広まってしまうと,あっという間に接種控えが起きます.接種控えによって患者が減らないことにつながりかねません.
日本はまさにHPVワクチンでそれを経験しました.未だに接種率が極端に低いままにとどまり,予防できたはずの子宮頸がん患者が多数に上るという試算も出ています.
もっと怖いのは,ワクチン忌避が他のワクチンにまで広がることです.
フィリピンでは前述のデングワクチンの撤回がきっかけで全土で広範囲なワクチン忌避が巻き起こり,乳幼児の麻疹ワクチン接種が激減しました.その結果,麻疹患者が激増し,麻疹による乳幼児死亡が激増したのです.麻疹による死亡数がデングワクチンによる死亡数を遥かに上回るという悲劇が生まれました.
COVIDワクチンの重篤有害事象は必ず何かは報告されることでしょう.その時に医療職がどう行動できるかで,ワクチン忌避をどれだけ小さくできるかが決まります.
今から備えるべきでしょう.
国際渡航その他の場面で接種を要求(強要)されたり差別が起きる
ワクチンが人の行動の制限条件にされてしまうおそれもあります.
たとえば国際渡航において,自国への入国条件としてワクチン接種を義務付ける国が出現するかもしれません.その場合,医学的な理由で接種できなかったり,個人の信条で接種しない人が,渡航できないなどの不利益を被ることになります.
- ※現在は,一部の国・地域において入国の際に義務付けられる可能性があるワクチンとして,黄熱,髄膜炎菌,ポリオがあります.
就職,進学,その他集団への所属に際して,接種を求める相手方が現れるかもしれません.接種しなければ所属を許さない,あるいは接種しない人の待遇を不当に下げる,などが起こりえます.
さらには,未接種の人や敢えて接種しない人を排除したり差別する風潮も生まれるかもしれません.
国際渡航での義務付けはさておき,後者のおそれは仮に起きたとしても社会の大きな趨勢になる可能性は低いでしょう.社会の中の限られた環境,限られた関係性の中で起きると思います.でもそれによって被害や不利益を被る人々に医療職は関心を寄せるべきですし,少なくとも我々はそうした被害や不利益を与える側に回ってはいけません.
接種済みを“免罪符”と勘違いして感染予防策を無視する人が増える
コロナパンデミックは様々な形で社会の分断を浮き彫りにしています.
もしも接種済みの人が,「自分はワクチンを打ったんだからもうコロナにはかからない,だから自粛もしないしやりたいことは何でもする」という行動をしたらどうなるか.
それは新たな分断の基になるかもしれません.
医学的に考えても,3ワクチンの効果は決して100%ではないので,接種したとしても従来どおりの感染予防策は変わらず続けるべきです.また他者への感染性を下げるかどうかは全く分かっていないので,「接種済みの人に感染はしたが本人は発症せず,周囲の人には大量に感染させてクラスターを作った」ということも起こりえます.
接種を受けた人も,接種が進んだ社会であっても,感染予防策は変わらず継続していただきたいですし,継続すべきです.
感染予防策をしなくてもよくなるのは,日本が,世界が,完全にコロナをコントロールし切った後なのです.
決して,ワクチンを打った後ではないのです.
3ワクチン普及への現実のハードル
前述のとおりさまざまなシナリオを想定する必要がありますが,それとは別に,現実的なハードルもまた見据える必要があります.
ロジスティクス
何といってもロジスティクス,すなわち,輸入または製造,国家検定,輸送,個々の接種機関への配布,保管保存,接種場所と接種時間の確保,接種人員の確保と通常診療とのバランス,接種順位の決定と公平性の確保,有害事象の報告システム,重篤有害事象時の国家補償の給付,エトセトラ,エトセトラ.
全く新しいワクチンを一気に広範囲に接種するわけですから,準備しなければならない要素が山盛りです.現に,自治体/保健所と地域医療機関(特にプライマリケア医療機関)は今,てんてこ舞いになって準備を進めてくださっています.
またPfizerワクチンは長期保管温度はマイナス70℃とされ,輸送時の専用車や大量ドライアイスの調達,接種機関での超低温冷凍庫(deep freezerと呼ばれるもの)の購入と設置など,従来ワクチンとは異なる体制や機器を新たに整備せねばなりません.
ロジスティクスの確立と維持改善に,行政と医療機関は相当な労力を要することでしょう.
人口が多い国ほど接種完了までに時間がかかる
当然のことですが,人口が多ければ多いほど,ワクチンが必要人口に行き渡るまでに長期間を要します.
コロナ前の日本では,毎冬約2,000万-2,500万本のインフルエンザワクチンが接種されていました.接種が集中するのは10月後半から1月前半ぐらいですから,1ヶ月あたり800-1,000万本ほど接種されていたことになります.簡単に言えば,日本の医療機関はその程度のワクチン接種能力があることになります.
しかし実際はそうならないでしょう.インフルエンザワクチンは打つ方も打たれる方も「勝手がわかっている」ために,効率よく大量接種できました.それも,接種機関は目も回るような忙しさに歯を食いしばって耐えて,その数字でした.
一方でCOVIDワクチンは何もかもが初めてですから,1人当たりの接種時間はインフルエンザワクチンの数倍かかるでしょう.しかも,コロナ患者が一般診療所でも次々に発見されるような流行状況では,ワクチン接種に多くの時間・人員・エネルギーを割くことができません.
よって,少なくとも最初の数ヶ月は,800-1,000万/月のような接種数はとても無理だと思われます.
では仮に日本全国で1ヶ月当たり300万件接種できたとしたら?人口1億2500万人のうち,対象者が9,000万人だったとしても,2回接種の完遂までに実に60ヶ月,5年かかってしまいます.
倍の600万接種/月でも,30ヶ月,2年以上かかります.
上述のアナフィラキシーの項でも見たとおり,米国では最初の10日間で180万件接種しましたが,その殆どが医療従事者でした.接種が最もスムーズに行われるはずの集団です.仮にそのペースを米国が全市民にも維持できたとしても,月に600万件弱です.人口3億1000万のうち対象者が仮に2億5000万だとして,2回接種完遂まで83ヶ月,7年近くです.
ロジスティクスその他の工夫を各国が積み上げることで接種速度は速まっていくことでしょうが,必要人口をカバーできるまでに相当な時間がかかることは覚悟せねばならないでしょう.
感染者数が少ない国ではワクチンの効果を国として実感しにくい
必要人口に行き渡るまでに時間がかかる一方で,感染者数が相対的に少ない国・地域ではワクチンの普及そのものの効果を実感しにくいという現象が起きます.
米国や英国はロックダウン政策すら効かないような感染爆発に襲われており,現在ではワクチンだけが唯一の制御手段となってしまっています.その場合,ワクチンの普及につれて感染者の増加カーブが次第に緩くなって減少に転ずる日が来るはずなので,ワクチンの国全体での効果を実感できることでしょう.
しかし例えば,完全と言っていいほどの感染制御に成功している台湾でワクチンを打ったら?すでに患者が殆ど出ていない状況ですから,当然ワクチンの効果を「実感」することは不可能です.より強い安心を得ることはできますが.
では日本ではどうでしょう?
第3波が急激に悪化しつつありますが,緊急事態宣言が首都圏に始まり複数都府県で順次再発令され,人々の行動が再び制限されつつある今,仮にワクチンが短期間で普及したとしても,それが人々の接触減のおかげなのかワクチンの効果なのか区別は困難だと思います.効果を区別するには,理論疫学を専門にされる先生方の解析に頼るしかなさそうです.
ワクチンの効果が国として実感できない場合,市民のワクチンへの信頼度が高まるかどうか不安があります.「なんかワクチン始まってるらしいけど,全体的に効いてるのかどうかわかんないよね,だったら打たなくていいんじゃないの?」という風潮が生まれると,全体に効果が出るはずのものも出なくなってしまいます.
これを乗り越えるには,行政や医療職が丁寧に説明を続けて市民の理解を得られ続けるよう努力するしかありません.
日本でのコロナワクチン接種体制について
(under construction ごめんなさい💦)
改正予防接種法における扱い
日本政府による調達計画
日本での治験と認可
3ワクチン論文の詳細なまとめ
この項では3ワクチン論文の詳細をまとめています.
重要な部分を,各要素に分けて整理します.
方法:治験の参加者
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |
---|---|---|---|
年齢 |
|
|
|
背景 |
|
|
※4つの異質な治験の統合のためサイト管理者による概算値 |
除外基準 |
|
|
論文中には除外基準の明記なし |
対象人数 |
Per protocol解析対象:
|
Per protocol解析対象:
|
効果の解析対象:
|
実はAstraZenecaの論文は,それぞれ「COV001」「COV002」「COV003」「COV005」と名付けられた4つの異質な治験を,統合した結果を示しています.
このうち COV001 と COV005 は,安全性評価と用量決定が主目的の phase 1/2 です.そのためこれら2治験の参加者の結果は,有害事象の集計対象にはしていますが,効果の集計からは外されています.
COV002 と COV003 が phase 2/3 です.効果の集計にはこれら2治験の参加者の結果のみ反映されています.
方法:治験での投与法
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |
---|---|---|---|
実薬 |
含有量 30μg/0.3mL |
含有量 100μg/0.5mL |
ベクターウイルス量
|
プラセボ |
生理食塩水 |
生理食塩水 |
|
接種スケジュール |
2回接種;21日間隔 |
2回接種;28日間隔 |
|
投与経路 |
筋注(三角筋) |
筋注(三角筋) |
筋注(三角筋) |
AstraZenecaの投与法がかなり複雑になってしまっています.理由は以下の事情によるものです.
「参加者」の項で説明したとおり,AstraZenecaでの効果を解析する治験は「COV002」と「COV003」の2つのみです.
論文によると,COV002で製造した実薬ロットを検定したところ,ベクターウイルス量が測定手法によって大きく異なる結果が出てしまったそうです.
- ※同一ロットを,分光光度法で測定した場合でベクターウイルス量 5.0×1010,定量PCR法で測定した場合で 2.2×1010
先に実施したCOV001において,分光光度法による測定で5.0×1010と安全用量を決定していたため,一貫性を保つためにCOV002の1回目投与ではこのロットを接種しました.
しかし,COV002の1回目投与後の副反応を観察したところ,想定しうるワクチン反応性症状(接種部位の腫脹や発熱など)の頻度が事前予想よりも低いことがわかりました.論文にはそれ以上の記載がありませんが,私の想像では,治験担当者は「1回目ロットのベクターウイルス含有量が予定よりも少なかったかも…」と考えたかもしれません.
さらに論文によると,分光光度法によるウイルス量測定において,実薬に含まれる添加剤が分光光度測定に干渉することが判明したそうです.つまり分光光度法ではウイルス量を正確に測定できないことがわかったのです.
1回目ロットのベクターウイルス量が少ない可能性がある上に,当初計画の検定法では本当に少ないかどうかすら正確に測定できないことがわかった訳ですから,治験担当者達は相当頭を抱えたのではないかと私は想像しています.
論文によると,治験担当者は監視当局と協議して許可を得た上で,COV002で使用するロットの検定を定量PCR法測定で行うよう,中途で治験プロトコルを変更したそうです.定量PCR法で5.0×1010と測定されたロットに中途から切り替えることになったため,COV002の実薬群参加者の一部は結果的に,1回目に2.2×1010含有の実薬を,2回目には5.0×1010含有の実薬を,それぞれ接種することになったのです.
- ※論文では2.2×1010含有の実薬を「low dose, LD」と呼び,5.0×1010含有の実薬を「standard dose, SD」と呼んでいます.
また,一連の中間検証,監視当局との協議やプロトコル変更に時間を要したため,COV002の2回目接種は当初計画の4週間を大きく超えてしまいました.
1回目のLD投与群に対する2回目としてのSD投与は,殆ど(99%超)の対象者が9週間以上の間隔で,うち半数以上(52%超)は12週以上という大幅遅延の接種間隔となっています.
一方で,COV002の中でも遅い時期=SDロットが確立された後に登録した参加者は,1回目でもSDを投与されました.2回目投与も,早期登録参加者よりは短い間隔で接種されています.
- (※本当は上記事情に加えて,COV002の若年参加者(55歳以下)を早期に登録した上で当初は1回のみの接種スケジュールだったところLDが判明したためブースター目的に2回目接種を急遽加えるよう変更したとか,同じCOV002でも高齢参加者(56歳以上)は遅くに登録した上で当初から2回接種スケジュールの計画だったとか,ややこしすぎる事情もあります)
なお,COV003はSDロットが確立された後で登録が始まったようです.そのためCOV003参加者の実薬群は全員が1回目からSD投与ですし,参加者の60%超は2回目を6週間以内に接種しています.
このとおりAstraZenecaワクチンは,ロット検定法の不備により,中途変更を含むあまりに複雑な治験構造となってしまいました.治験としてそれはどうなんだと正直疑問ですが,新型コロナのワクチン開発は超緊急課題ですから,特別に許されたのかもしれません….
AstraZenecaワクチンはそれらの点を割り引いて評価する必要があると,私は考えています.
方法:効果(エンドポイント)と有害事象の検証方法
以下の表ではすべて「実薬群ではプラセボ群に比べて」を省略しています.
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |
---|---|---|---|
一次エンドポイント |
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二次エンドポイント |
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予想される有害事象 |
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その他の有害事象 |
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結果:効果 vaccine efficacy
いよいよ結果,vaccine efficacy, VE です.
下表において「平均追跡」はいずれも論文中にはありません.論文中に記載された人年/人日と解析対象人数/at risk人数から,私が逆算したものです.
どのワクチンも「2回目の7/14日後以降」という極めて短期間でエンドポイントを見ているため,予防効果がどれぐらいの期間続くのか予想できません.せめて2回目接種からCOVID発症までの平均追跡期間を見ることで,「70%や95%というVEが保たれるのは平均で少なくともどのぐらいの期間か」を考えることができます.
もちろん,3論文ともKaplan-Meier法による累積発症グラフを掲載しており,そちらの方が視覚的にわかりやすいです.是非ご参照ください.著作権の関係でグラフを本ページに転載することができないため,代わりに平均追跡期間を計算した次第です.参考程度にお考えください.
なお,AstraZenecaワクチンの「LD→SD投与群」の VE が90.0%であることにはちょっと注意が必要です.
95%信頼区間の下限は67.4%なので統計学的有意差(危険率5%)は検出されているのですが,SD→SD投与群の VE 62.1% に比べてずいぶん乖離があります.
この点には,治験担当者自身が discussion で下記のようにコメントしています.
there is a possibility that chance might play a part in such divergent results (「こうした結果の不一致には,偶然が寄与している可能性がある」) |
「偶然」?
ややこしいのですが,統計学的有意差は検出されているので,「LD/SD群がプラセボに比べて予防効果がある」ことは確かでしょう.
でも,「SD/SD群が60%台なのにLD/SD群は90%台というのは何だか不思議だね納得しにくいね」ということを治験担当者たちは考えたようです.
つまり,「有意差はあっても90%という見かけの数字は大きすぎ=偶然に良い数字になっちゃったのかもね」と治験担当者が考えているということです.
偶然に良い数字なのだとしたら,神のみぞ知る真の VE は何%ぐらい?
それは神にしかわからないのですが,それを推測する材料が95%信頼区間です.95%信頼区間の下限が67.4%ということは,真の VE が 67.4% かもしれないし 70% かもしれないし,ということです.
治験担当者が「偶然」と書いたのはそういう意味合いだと理解していいでしょう.
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |
---|---|---|---|
一次エンドポイント |
2回目7日後以降のCOVID発症
|
2回目14日後以降のCOVID発症
|
2回目14日後以降のCOVID発症
SD→SD投与群
LD/SD問わず全集計
2回目14日後以降の無症候COVID感染
|
二次エンドポイント |
接種後時期を問わない重症COVIDの減少又は増加
|
2回目14日後以降の重症COVIDの減少又は増加
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結果:有害事象
PfizerとModernaを比較すると,Modernaの方がワクチン反応性症状がかなり多く出ている傾向があります.
しかし,被験者からの報告方法,症状の登録方法などが両治験で同一ではないため,集計上の見かけの数字に差があるのは自然なことです.
また,mRNAとしての抗原量はPfizerで1回あたり30μg,Modernaで100μgとなっています.両者の抗原の分子量の測定法の差異までは私は確認できていないのですが,数字を額面どおり受け取るならばModernaの方が抗原量が多い可能性があります.もしそうならば,ワクチン反応性症状がModernaで多くなった理由になるかもしれません.
いずれにせよ,両者の違いの詳細については,プロトコル論文やphase 1論文を別途精読する必要があります.
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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予想される有害事象 |
各接種7日後以内のワクチン反応性症状
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各接種7日後以内のワクチン反応性症状
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治験進行中のいかなる症状も自発的に報告
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その他の有害事象 |
2回目1ヶ月以内の有害事象・6ヶ月以内の重篤有害事象
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2回目28日以内の有害事象
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