新型コロナワクチンまとめ(医療従事者向け)

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新型コロナワクチンまとめ(医療従事者向け)
新型コロナワクチン対象者別検討

目次

本ページおよび管理者について

本ページは「新型コロナウイルス感染症まとめサイト」のサブページとして作成しました.

本来ならトップページからリンクを張るべきなのですが,「まとめサイト」は昨年4月以降更新を停止してアーカイブ状態となっており,リンクを張る際にはトップページを整理する必要があります.
なかなかその時間がとれないため,やむを得ず本ページだけ独立した状態で作成しました.

管理者は守屋章成医師です.

管理者は検疫所で勤務しておりますが,本ページおよび「まとめサイト」の内容は完全に個人の見解であり,所属組織を代表するものではありません.

サイト管理者のワクチンおよび新型コロナに関する著作等
ワクチン 新型コロナ 著作、映像配信、講演等
2021年 ケアネット コロナワクチン緊急対談 接種済在米医師とワクチンエキスパートが近未来を見通す
南江堂 「内科」2021年1月号特集「COVID-19に正しく立ち向かうために」
  • 「PCR検査を理解するために」分担執筆
2020年 第61回日本臨床ウイルス学会 特別企画「COVID-19 ─ 19人の専門家からのアップデート」
  • 「18. 検疫所での対応」担当
医学書院 「週刊医学界新聞」 【視点】「新型コロナの次なる波」の前にワクチンと感染管理を
ケアネット 連載【今知っておきたいワクチンの話】 第5回 ワクチンと新型コロナウイルスと検疫
ケアネット 病医院のためのCOVID-19対策Webセミナー 元診療所医師・現検疫官が教える「今現場でなすべきこと」
日本医事新報 5013号特集「診療所で役立つワクチンキャッチアップスケジュール集」
2019年 南山堂 「おとなのワクチン」
  • 「9 予防接種の制度と法令」「37 黄熱」分担執筆
2015年 羊土社 「Gノート」2015年6月号特集「こどもの診かた Next Step!」
  • 「学童期・思春期の予防接種 ~もしも,未接種を発見したら」分担執筆
MEDSi 「Hospitalist」2015年2号特集「外来における予防医療」
  • 「8. 予防接種編:ホスピタリストが考慮すべき成人での予防接種」分担執筆
2014年 ケアネットDVD 「ここから始めよう!みんなのワクチンプラクティス ~今こそ実践!医療者がやらなくて誰がやるのだ~」

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おことわり

本ページは,新型コロナワクチンについての医療従事者向けのまとめです.

内容は2021年2月14日時点でサイト管理者が得ている情報に基づいています.

重要な情報更新があった場合はページ内容も更新するよう努力しますが,すべての情報をリアルタイムには網羅できていないことをご承知おきください.

また,一般の方の閲覧をお断りするものではありませんが,医療従事者以外には難解な箇所もありますのでご了承ください.

なお,個人のワクチン接種の是非を含めて,ご自身の健康に関わる疑問等については,かならず主治医,かかりつけの医師,保健所等にご相談ください

更新履歴

2021年2月17日 「改正予防接種法における扱い」の項に追記
2021年2月14日 Pfizerワクチンが「コミナティ筋注」として日本で承認されたことを該当項に追記
2021年2月12日 変異株について「#変異株に対する効果」の項を新設
2021年2月6日 アナフィラキシーについて英国の報告を追記し「#認可後に報告されたアナフィラキシー」に再整理
2021年2月5日 アナフィラキシーについて「認可後に米国CDCが発表したPfizer, Moderna両ワクチンでのアナフィラキシー反応」に再整理
2021年2月 4日 「ウイルスの遺伝子を体内に注入することに理論的な危険性はない」を追記
2021年1月26日 「認可後に米国CDCが発表したModernaワクチンでのアナフィラキシー反応」および「アナフィラキシーの頻度の解釈について」を追記し,前後を整理
2021年1月19日 一般公開
2021年1月13日 暫定公開

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要点と個人的見解

本ページはかなりのボリュームですので,ここに要点と個人的見解を整理します.

詳細は各本文をご参照ください.

  • Pfizer と Moderna の mRNA ワクチンは,16 or 18歳以上の成人のCOVID発症に対する予防効果(VE)が約95%ある
  • AstraZeneca のウイルスベクターワクチンは,18歳以上の成人のCOVID発症に対する予防効果(VE)が約60-90%ある
  • 3ワクチンとも,接種を大いにためらうような重篤な有害事象は今のところ明らかではない
  • 他者への感染予防効果,すなわち集団免疫が獲得できるかは,未だ不明である
  • 少なくとも,接種を受けた本人のメリットは明らかである
  • COVID発症による社会への影響が大きい職種と,COVID発症で重症化や生命の危険がある人々は,特に優先的に接種すべきである
  • 重篤有害事象抗体依存性感染増強ADEが将来的に報告される可能性には十分注意を払わねばならない
    • それでも,数万分の1以下と予想される未知の重篤有害事象等のリスクと,感染拡大する日本でCOVIDに感染するリスクを天秤にかければ,接種のメリットの方が遥かに上回る
  • 現状の日本においては,ワクチンが流行を制御すると実感すること難しいかもしれない
  • ワクチンの普及には,ロジスティクスや社会からの信頼など,克服すべき課題が多数ある
  • ワクチンにまつわる負の側面にも目を向け,その軽減や解決にも努めるべきである
  • ワクチン普及が進んでも,社会全体での感染予防策の継続徹底は必須である

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開発が進む新型コロナワクチン

2020年1月10日に中国当局が新型コロナウイルス発見とその遺伝子配列を公表したその日から(※),この新興病原体に対するワクチン開発競争が始まりました.

(※)Pfizer-BiONTechのphase 3論文には,実際に「1月10日から開発に着手した」と書かれてあります.

日本を含む世界中の研究機関や製薬会社,バイオベンチャー企業がしのぎを削って開発を進めている様子は,下記のサイト等で随時更新されています.

※サイトごとにまとめ方が異なるため,開発段階ごとのワクチン数はそれぞれ異なります.

日本で承認済みまたは承認される可能性が高い3ワクチン

日本で承認済み,承認申請済み,または輸入契約が結ばれている等の理由で日本で接種される可能性が高く,かつ開発国で承認済み(緊急使用承認含む)のワクチンは,下記の3ワクチンです.

このうち,Pfizer-BiONTech社のワクチンは製品名「コミナティ筋注」として2021年2月14日付で特例承認により日本で承認されました

開発元 開発拠点国 開発コード名 日本承認名
米国 BNT162b2 コミナティ筋注
米国 mRNA-1273
英国 AZD1222

以下,3ワクチンを次のように呼ぶことにします.

  • Pfizerワクチン
  • Modernaワクチン
  • AstraZenecaワクチン

米国と英国では既に承認済み

3ワクチンは開発拠点国の米国と英国で既に使用承認が下り,医療従事者をはじめとして市中での接種が始まっています.

ワクチン 米国での承認 英国での承認 日本での承認
Pfizerワクチン 2020年12月11日 緊急使用承認(同23日改訂) 2020年12月2日 通常承認 2021年2月14日 特例承認
Modernaワクチン 2020年12月18日 緊急使用承認 2021年1月8日 通常承認 未承認
AstraZenecaワクチン (未承認) 2020年12月30日 通常承認 未承認

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ワクチンの効果「vaccine efficacy」とは,「接種しなかったので感染した人数」から「接種したけど感染した人数」への「割引率」

本題に入る前に,ワクチンの「効果」を知っておきましょう.

「このワクチンを接種すると95%の予防効果がある」とは具体的にどういう意味なのか?

ワクチン学では,ワクチンの効果を「vaccine efficacy, VE」と呼びます.
私の知る限り定まった日本語訳はないようです.直訳すれば「ワクチン効果」ですが,あまり見かけない表現ですね.
私は英略称のまま「VE」と呼んでいます.

Vaccine efficacy, VEの単位は「%(パーセント)」です.

EBMを学んだ方向けの表現をすれば,こういうことです.
何のことはない,相対リスク減少 RRRのことなんですね.

ワクチンの効果 vaccine efficacy (VE)

=接種群のプラセボ群に対する相対リスク減少(%)

噛み砕いて言えば,こうですね.

ワクチンの効果 vaccine efficacy (VE) とは,

接種しなかったので感染した人数」から
接種したけど感染した人数」への
割引率

例として,新しいワクチンの治験に未感染者20,000人が参加し,10,000人が実薬群,10,000人がプラセボ群に割り付けられたとします.

割付 割付人数
実薬群 10,000
プラセボ群 10,000

接種後に一定期間観察したところ,実薬群では5人が感染したのに対し,プラセボ群では100人が感染しました.

割付 割付人数 感染者数 感染率
実薬群 10,000 5 5/10,000=0.05%
プラセボ群 10,000 100 100/10,000=1.00%

実薬群の感染率 5/10,000=0.05% は,プラセボ群の感染率 100/10,000=1.00% に比べて,95%の減少,つまり「95%割引」です.

割付 割付人数 感染者数 感染率 感染率の減少度合い=割引率
実薬群 10,000 5 5/10,000=0.05% (1.00 - 0.05)÷1.00
=0.95 (95%)
プラセボ群 10,000 100 100/10,000=1.00%

この「95%」が,ワクチンの効果 vaccine efficacy, VEなんですね.
ワクチンを接種することで「感染リスクが95%割り引かれる」と言うこともできます.割引率95%の超お値打ち品ということです.

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3ワクチンの製法について

3ワクチンのうち,PfizerワクチンとModernaワクチンは「mRNAワクチン(メッセンジャーRNAワクチン)」です.
残るAstraZenecaワクチンは「ウイルスベクターワクチン」です.

ワクチン 製法
Pfizerワクチン
Modernaワクチン
mRNAワクチン
AstraZenecaワクチン ウイルスベクターワクチン

mRNAワクチンはヒトでの実用化が史上初,ウイルスベクターワクチンはヒト実用化が史上2例目という,どちらも最先端の製法と言えます.

名前だけでは何のことかわかりませんね.
簡単に説明しましょう.

mRNAワクチンとは

ヒトの細胞が生命活動をする際に,自分が持つ遺伝子(化学的にはDNAの分子)から必要な部分を読み取ってタンパク(タンパク質)を合成することは,よく知られています.

遺伝子DNAを読み取る際には,DNAの二重らせん鎖をいったんほどき,読み取り部分のDNA配列にマッチするようなRNAを作ります.
このRNAを「メッセンジャーRNA,mRNA」と呼ぶのでした.

メッセンジャーRNA,mRNAは細胞核の中で作られ,完成後は細胞核の外=細胞質の中に出されます.

細胞質の中には大量のアミノ酸があり,mRNA配列に対応したアミノ酸がリボソームと転移RNAのはたらきで次々に結合することで,目的のタンパクが作られるという仕組みです.

※ここまでの一連のプロセスを美しいCGで解説した動画がYouTubeで公開されています.是非ご覧ください.

つまり,ヒトの細胞は,mRNAがあればタンパクを作ることができるのです.

これを利用したのがmRNAワクチンです.

ヒトの免疫が病原体に応答して記憶するときには,その病原体特有のタンパクを記憶します.
ということは,ヒトの免疫が応答しやすい病原体タンパクを選んで,それをヒトの体に入れれば,免疫が付きます.
しかし病原体タンパクを人工合成するのは簡単ではありません.

一方で,遺伝子工学の進歩により,RNAを人工合成することは非常に容易になりました.

病原体タンパクを作るようなmRNAを人工的に合成して,ヒトの体に入れれば,ヒトの細胞がmRNAに基づいて病原体タンパクをどんどん作ってくれます.
作られた病原体タンパクは,単なるタンパクであって病原体そのものではありませんので,ヒトに感染症を起こすことは決してありません.
しかしその病原体タンパクにヒトの免疫が反応することで,病原体に対する免疫を付けることができます.

これがmRNAワクチンの原理です.

「病原体のタンパクをヒト自身に作らせる」というのが,古典的なワクチンとは全く異なる新しい技術なんですね.

なお参考までに古典的なワクチンに比喩するなら,病原体タンパクだけが体内で増えるという点,接種する物質もmRNAという「自己増殖機能を持たない分子」である点で,不活化ワクチンに似ていると言えるでしょう.言い換えれば,生ワクチンとは決定的に違います.

mRNAワクチンのより詳しい原理については,日本RNA学会のエッセイをご参照ください.

  1. mRNAワクチン:新型コロナウイルス感染を抑える切り札となるか?
  2. <走馬灯の逆廻しエッセイ> 第28話「コロナウイルスへのメッセンジャーRNAワクチン」

mRNAワクチンの専門的な解説については,下記の総説論文がわかりやすいです.

Pardi N, Hogan MJ, Porter FW, Weissman D. mRNA vaccines — a new era in vaccinology. Nature Reviews Drug Discovery. 2018;17(4):261-279. doi:10.1038/nrd.2017.243

ウイルスベクターワクチンとは

ウイルスベクターワクチン viral vector vaccine は,日本の行政文書では「組換えウイルスワクチン」と呼ばれることもあります.

上記のとおり,病原体タンパクを作るmRNAをヒトの体内に入れるのがmRNAワクチンです.

それに対して,病原体タンパクを作る遺伝子を,他の無関係なウイルスの遺伝子の中に組み込んで(無関係ウイルスの遺伝子を組み換えて),組み換え遺伝子を持つ無関係ウイルスをヒトの体内に入れるのが,ウイルスベクターワクチンです.

無関係ウイルスは遺伝子を運ぶだけの役割であり,「ベクター vector」と呼ばれます.

ベクターは「媒介体」と訳されることもありますが,病原体を生物から生物へとうつす(媒介する)虫などのこともベクターと呼びますね.例えば日本脳炎やデング熱を媒介するやツツガムシ病やSFTSを媒介するマダニはベクターです.

どんなウイルスも,生物の細胞の中に入ると自分が持つ遺伝子を細胞の中に出して,生物の細胞が持つアミノ酸や塩基をフル活用し,自分と同じ遺伝子とタンパクを複製する性質を持っています.

ベクターウイルスもヒトの体内で細胞内に入り,自分が持つ遺伝子によってタンパクを作るわけですが,病原体の遺伝子がそこに組み込まれているためにヒト細胞は病原体タンパクをせっせと作ることになります.

つまり,ベクターウイルスがヒト細胞に入って組み換え遺伝子を細胞内に出した時点で,mRNAワクチンと同じことが起きるのです.

これがウイルスベクターワクチンの仕組みです.
病原体タンパクをヒト細胞に作らせるために,mRNAを直接入れるのがmRNAワクチンですが,遺伝子をベクターウイルスに運んでもらうのがウイルスベクターワクチン,という違いですね.

なお,ベクターウイルスは“生きた”ウイルスとしてヒト体内に入るため,元のウイルス自体に病原性があっては困ります.当然のこととして,ヒトには一切病気を起こさないウイルスだけがベクターウイルスとして選ばれます.

ヒト用ワクチンとしては,エボラウイルスに対して実用化された「rVSV-ZEBOV vaccine」が最初です(※エボラワクチンの経緯は後述).

なお古典的なワクチンに比喩するのは,ちょっと難しいです.“生きた”ウイルスを接種するという点では生ワクチンのようにも思えますが,今回のAstraZenecaワクチンでは自己複製機能つまり増殖機能を欠失させた「チンパンジー・アデノウイルス」を使っているため,厳密には“生きた”ウイルスとは言えません.組み換え遺伝子をヒト細胞へ運ぶベクターとしての役割のみに注目すれば,mRNAワクチンと同じく不活化ワクチン的な要素が強いと言えるかもしれません.つまり,古典的なワクチンに喩えるのは難しいですね.

ベクターウイルスワクチンの専門的な解説には,下記の総説をご参照ください.

Ewer KJ, Lambe T, Rollier CS, Spencer AJ, Hill AVS, Dorrell L. Viral vectors as vaccine platforms: from immunogenicity to impact. Current Opinion in Immunology. 2016;41:47-54. doi:10.1016/j.coi.2016.05.014

ウイルスの遺伝子を体内に注入することに理論的な危険性はない

3ワクチンともコロナウイルスの遺伝子を,mRNAを直接またはベクターウイルスを介して,体内に注入します.

このことから,「ウイルスの遺伝子が自分の体(細胞)に悪影響を残したらどうしよう,それが将来の子どもや孫に影響したらどうしよう」という漠然とした不安を抱く方が少なくないようです.

しかし古典的な分子生物学(生化学)の知識により,それが杞憂であることがわかります.
かつて勉強した「セントラルドグマ」ですね.

セントラルドグマのおさらい

「遺伝子」という言葉は生物個体を形づくる情報のことであり,「ゲノム」とも呼びます.
個体の情報は親から子へも受け継がれるので「(のこ)し伝える」という日本語が使われていますが,この情報の本来の目的は個体の体すべてを作ることなんですね.

遺伝子は情報を指す言葉ですが,その物質としての正体は,ヒトを含む殆どの生物の場合で「DNA(デオキシリボ核酸)」という巨大分子です.より正確には「塩基」が超超超たくさんつながったひも状の分子です(塩基が連なった分子構造のことを「核酸」と呼ぶこともあります).ひも状の長い分子は2本ペアになっており,お互いがお互いの周りをグルグル回ってらせん状になっている,いわゆる二重らせん構造をしています.

たくさんあるウイルスの一部のみ,「RNA(リボ核酸)」という巨大分子を遺伝子に使っています.

DNAとRNAは塩基単位で見ると酸素分子が1個多いか少ないかというわずかな違いだけですが,そのせいで巨大分子としての安定性に大きな影響があります.DNAよりもRNAの方が分子として安定性が悪くて壊れやすいという性質があります.細胞を基本とする生物の遺伝子はすべてDNAです.細胞という形ではないウイルスの,そのまた一部だけが,RNAを遺伝子にしてるんでしたね.

ここからはヒト細胞(をはじめとする真核細胞)の話です.

遺伝子であるDNAは,細胞の真ん中にある「細胞核」の中に保管されています.超超超長い二重らせんのひもは,まるで長いLANケーブルを束ねて丸めるように,折り曲げられて束ねられてまた折り曲げられて束ねられてグリグリと(かたまり)になっています.この塊が「染色体」と呼ばれ,光学顕微鏡でも見ることができる大きさです.

さて細胞が「自分をコピーした細胞を作ろう」「役に立つタンパク質を作って細胞の外に送り出そう」と考えると,染色体の束をほどいてDNAをひも状に戻し,DNAの二重らせん構造は専用の酵素によって1本ずつに分離されます.この片側1本のうち,自分のコピーやタンパク質を作るための情報(意味と法則性がある塩基の並び)が収まっている部分に専用酵素がかぶさって,まるでスキャナかハンディコピー機のように情報(塩基の並び)を複製していきます.

情報を複製?そう,1本ずつに分離されたDNAの塩基の並びと意味合いが同じになるように,新しくRNAを作っていくんですね.え?新しく作るのはDNAじゃなくてRNAなの?そこは新型コロナワクチンの本題からはあまり関係ないのでツッコまないでください.とにかくDNAのコピーはRNAを使って作られるんです.光沢紙に印刷された内容を再生紙にコピーするようなもんだと考えてください.

コピーRNAを作るまでは細胞核の中で行われますが,作られたコピーRNAはその後細胞核の外に漂い出ていきます.

細胞核の外に広がっているのは「細胞質」でしたね.さらに外側を「細胞膜」(植物の場合はプラス「細胞壁」)で囲まれて,細胞質の中には水に溶け込んだアミノ酸とか酵素とかその他色々がドロッと混ざり合ってフワフワ浮いています.

細胞質の中に漂い出てきたコピーRNAは,やがてフワフワ浮いている専用の酵素に出会います.専用酵素にはひも状のRNA分子をはめ込む溝があって,コピーRNAを溝にはめ込むと自動的に塩基の並びを読み取りはじめます.塩基の並びは,どういうわけか3つセットで1つのアミノ酸に対応してるんでしたね.誰だよそんなこと考えたやつ天才だろ.

酵素はコピーRNAの塩基並びを読み取りながら,近くでフワフワ漂ってるアミノ酸を適当にキャッチしては,対応するアミノ酸を読み取った順番どおりに結合させていきます.コンピュータ制御の製造ライン機械と全く同じ仕組みです.誰だよそんなこと考えたやつ天才だろ.

そうしてコピーRNAの塩基並びを全部読み取り終わると,目的のタンパク質が完成しているわけです.

タンパク質完成後のコピーRNAの行方は?RNAという分子自体の安定性が低いので,細胞質の中で数分~数日以内に分解されてしまいます.光沢紙からコピーした再生紙は内容だけ読んだらすぐにシュレッダーしてしまうようなものですね.

もうおわかりですね.「コピーRNA」と便宜的に呼んできたものが,セントラルドグマにおける「メッセンジャーRNA,mRNA」のことですね.

すなわち,【細胞核:DNA→mRNA】→mRNA→【細胞質:mRNA→タンパク質】という一方向の流れがあり,逆流はしない,という大原則のことをセントラルドグマと呼ぶんでした.

※RNAウイルスのうち更に一部の逆転写酵素を持つウイルス(レトロウイルス)はセントラルドグマからは逸脱しますが,コロナウイルスも3ワクチンも逆転写酵素は全く持っていません.ヒトは細胞自身の寿命をコントロールするために持っている特殊な酵素に逆転写機能があるものの,細胞寿命にかかわる特定の並びのRNAにしか反応しないため下記で説明する流れには無関係です.

ここで,ウイルスがヒトに感染した場合は,ウイルス遺伝子(RNAまたはDNA)がヒト細胞内に放出されます.ウイルス遺伝子がヒト細胞質のアミノ酸等を使ってウイルスのコピーを作るわけです.

RNAウイルスでは細胞質内でmRNAから直接,DNAウイルスではいったん細胞核内でmRNAを作ってから再び細胞質内で,という過程の違いはありますが,ウイルス感染でもセントラルドグマに相当することがヒト細胞内で起きるのです.
当然,ウイルス感染でもセントラルドグマの逆流はありません(※レトロウイルスを除く).

ウイルスのヒト細胞への感染おさらい

ウイルスは遺伝子(ウイルスによってDNAかRNAのどちらか)とそれを包む殻だけでできている,きわめてシンプルな存在です.

ウイルスが体内に侵入してヒトの細胞の細胞膜にくっつくと,条件が合っていれば(=レセプターがあれば)ヒトの細胞はうっかりウイルスを細胞質の中へ招き入れてしまいます.ヒト細胞いったい何やってんだよというツッコミはなしにしてください.

RNAウイルスの場合は,まんまと細胞質内に入った後,殻の中から自分の遺伝子RNAを細胞質内に放出します.
自分のRNAを基に,ヒト細胞質内の塩基を使ってRNA自身のコピーを作り,さらにアミノ酸やらを使ってタンパク質で自身の殻を作ることで,自分を大量コピーしようという了簡なわけです.

DNAウイルスの場合は,まんまと細胞質内に入った後,さらに細胞核内にまで侵入します.そこで自分の遺伝子DNAを細胞核内に放出するのです.
細胞核の中で,ヒトDNAからmRNAを作る仕組みにちゃっかり便乗してウイルスDNAからmRNAを作り,それを細胞質内に出してもらってタンパク質を作って殻とし,自分を大量コピーしようという了簡なわけです.

RNAウイルスにしても,DNAウイルスにしても,盗人猛々しいとはまさにこのこと.

さて,今回の3ワクチンは,新型コロナウイルスの長いRNAを解析してヒトが免疫獲得できるようなウイルスタンパク(「スパイクタンパク」)を作る塩基並びを見つけ出し,それと同じ並びになるように人工的に塩基を並べたものを使っています.

mRNAワクチンの場合は直接mRNAになるように塩基を並べ,ウイルスベクターワクチンの場合はベクターウイルス(チンパンジーアデノウイルス;DNAウイルス)の遺伝子の中に塩基を人工的に組み込んでいます.

よって,Pfizer/ModernaのmRNAワクチンの場合はmRNAがヒト細胞に入ったら直接ヒト細胞質内で,AstraZenecaのウイルスベクターワクチンの場合は組み込まれたチンパンジーアデノウイルスの遺伝子(これはDNA)がいったんヒト細胞核内に入ってmRNAを作らせた後にヒト細胞質内で,新型コロナのスパイクタンパクを作るわけです.

当然ですが,チンパンジーアデノウイルスの遺伝子DNAはヒト細胞核の中には入りますが,ヒト自身の遺伝子DNAに組み込まれるようなことは原理的にあり得ません.アデノウイルス属そのものが逆転写酵素を持たないので,どう逆立ちしてもアデノウイルスが自分のDNAをヒトDNAに組み込むことは不可能なのです.

そして,スパイクタンパクを作った後のワクチン由来mRNAは,分子として不安定であるために,数分~数日で分解されて消えてなくなります.

繰り返しますが,ヒトDNAのセントラルドグマと同じ原理が3ワクチンでも働きます.
すなわち,ワクチン由来のmRNAは,ヒト細胞質から細胞核へと侵入することはあり得ないし,ましてやそれがヒトDNAに組み込まれて長く遺伝情報を保ち続けるなんてことはもっとあり得ないのです.

ヒトDNAを一冊の本にたとえるなら,そこから作られるmRNAは本のページのコピーです.
mRNAワクチンのmRNAはその本とは全く別のチラシのコピーであり,ウイルスベクターワクチンのDNAもまたその本とは全く別のパンフレットにチラシのコピーをのり付けしたようなものです.
本のページのコピーをどれだけ作っても,元の本の中に差し込んで背表紙にのり付けしてページを増やすことはできません.
ましてや,本の中にチラシのコピー(パンフレットから剥がしてきたものも含む)を無理矢理差し込んで背表紙にのり付けするなど,到底不可能です.

こうした説明でも不安が消えないなら,次のことを考えてみてください.

どんな人でも生まれてから今日までの間に,何十回,何百回と何かのウイルスに感染してきています.
もしもワクチンのmRNAやウイルスベクターワクチンのDNAがヒト細胞に組み込まれてしまうなら,人は何十回何百回とウイルス感染を繰り返すたびにウイルス遺伝子(RNAまたはDNA)を自分のDNAの中に組み込んでしまっているはずです.ノロウイルスに感染したら“ノロウイルス人”に,インフルエンザウイルスに感染したら“インフルエンザ人”に,新型コロナウイルスに感染したら“新型コロナウイルス人”に,生まれ変わってしまうはずです.
でも幸いに,そんな“ウイルス人”は誕生していません.セントラルドグマに反することは起きないからです.
ということは,mRNAワクチンだってウイルスベクターワクチンだって,そこに含まれる遺伝子がヒト遺伝子に組み込まれてしまうなんて,あり得ないことなのです.

その他の新型コロナワクチン候補の製法

今回実用化された3ワクチンの製法は2種類ですが,他にも様々な製法の新型コロナワクチンが開発中です.

それらの製法については,WHOの資料日経バイオテクの記事GAVIによるCG動画などに簡潔にまとまっていますので,ご参照ください.

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3ワクチンの治験 phase 3 論文と,そのインパクト

中国・武漢市で最初の患者が2019年12月に発見されてからわずか1年後2020年12月,3ワクチンの治験 phase 3 の結果を報告する論文が peer-reviewed journal に掲載されました.

ワクチン 引用 初出日
Pfizerワクチン Polack, Fernando P., Stephen J. Thomas, Nicholas Kitchin, Judith Absalon, Alejandra Gurtman, Stephen Lockhart, John L. Perez, et al. “Safety and Efficacy of the BNT162b2 MRNA Covid-19 Vaccine.” New England Journal of Medicine 383, no. 27 (December 31, 2020): 2603–15. https://doi.org/10.1056/nejmoa2034577. 12月10日
Modernaワクチン Baden, Lindsey R., Hana M. El Sahly, Brandon Essink, Karen Kotloff, Sharon Frey, Rick Novak, David Diemert, et al. “Efficacy and Safety of the MRNA-1273 SARS-CoV-2 Vaccine.” New England Journal of Medicine, December 30, 2020. https://doi.org/10.1056/nejmoa2035389. 12月30日
AstraZenecaワクチン Voysey, Merryn, Sue Ann Costa Clemens, Shabir A Madhi, Lily Y Weckx, Pedro M Folegatti, Parvinder K Aley, Brian Angus, et al. “Safety and Efficacy of the ChAdOx1 NCoV-19 Vaccine (AZD1222) against SARS-CoV-2: an Interim Analysis of Four Randomised Controlled Trials in Brazil, South Africa, and the UK.” The Lancet 397, no. 10269 (December 8, 2020): 99–111. https://doi.org/10.1016/s0140-6736(20)32661-1. 12月8日

私の率直な感想を述べると,「病原体発見からわずか11ヶ月で(※)有望そうな3つもワクチンが登場するとは,予想を遙かに超えていた」です.

(※病原体発見は2020年1月で,どのワクチンも2020年11月までの結果を集計しています)

ワクチン開発は,古典的な製法による過去の実績では,数年から10年以上かかるのが一般的でした.

新興病原体に対する新規ワクチンは,病原体が登場するたびに開発は開始されるものの,最近50年以内に登場したおよそ40種の新興病原体のうち実際にヒトで実用化されたワクチンは,前述のエボラワクチンのみです.

(※新型インフルエンザワクチンは,元々技術が確立されている季節性インフルエンザワクチンを応用する形なので,新興病原体への完全な新規ワクチンとはやや事情が異なります)

エボラワクチンは治験でのヒト投与から効果確認まででも5年かかりました.

それが,新型コロナではゼロからのスタートからたったの1年で先進国2ヶ国が承認するところまでこぎつけました.しかもヒト実用化が初めてのmRNAワクチンが2つも含まれています.

長期的な効果や未発見の副反応など課題は山積みですが,mRNAワクチンであれウイルスベクターワクチンであれ今回で実績が定まれば,再び新興病原体が登場しても遺伝子工学によって速やかにワクチンを新規開発することができます.

新型コロナだけでなく未知の新興病原体への対策にも希望を切り拓いたという点で,ワクチン史に残る出来事だと言えるでしょう.

【閑話】

エボラウイルスの発見が1976年,ワクチン開発が動物実験レベルで始まったのは2005年でした.前述のとおりウイルスベクターワクチンで,rVSV-ZEBOVワクチンと呼ばれました.

これが緊急治験の形でヒトに本格的に投与されたのは,2014年をピークに西アフリカで大流行した際が初めてでした.しかし致死率が50%を超える病原体であることから倫理的理由によりプラセボ群を設定せず,実薬群のsingle armのみの治験でした.それゆえに,治験結果は疑問視されました.

次の2018年のコンゴ民主共和国での大流行では,効果が疑問視されたままのエボラワクチンを人道的使用 compassionate use として投与しています.この使用実績を2019年に解析したところ,接種者のエボラ発症が未接種者に比べて97.5%抑えられていた(VEが97.5%だった)ことが判明し,ようやく効果が実証されました.

それを踏まえ,WHOは2019年,rVSV-ZEBOVに事前認証 prequalification を与えました.WHOによる事前認証とは,薬剤や医療機器等を自国で検証することが困難な国・地域向けにその品質や安全性を国際機関として担保する制度のことで,“WHOによるお墨付き”に相当します.そこに至るまでヒト治験開始の2014年から数えても5年,動物実験レベルからは14年,病原体発見からは43年が経過しています.

【閑話休題】

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3ワクチン論文のかんたんまとめ

では本題です.

ここでは3ワクチン論文の主要なところを整理します.

より詳細なまとめはこのページの末尾にあります(←クリック!).興味のある方はご参照ください.

Pfizerワクチン Modernaワクチン AstraZenecaワクチン
参加者
  • 16-89歳(中央値52歳)
  • 妊婦,小児は対象外
  • 18-95歳(平均値51.4歳)
  • 妊婦,小児は対象外
  • 18歳以上(最高齢,平均,中央値記載なし)
  • 除外基準は明記なし
投与法
  • 実薬:30μg/0.3mL
  • プラセボ:生理食塩水
  • 2回接種;21日間隔
  • 筋注(三角筋)
  • 実薬:100μg/0.5mL
  • プラセボ:生理食塩水
  • 2回接種;28日間隔
  • 筋注(三角筋)
  • 実薬:次のいずれか
    • 1回目低用量LD→2回目標準量SD
    • 1回目標準量SD→2回目標準量SD
      • LD:2.2×1010含有
      • SD:5.0×1010含有
  • プラセボ:髄膜炎菌ワクチンACWY
    • 安全性解析対象では一部生理食塩水
  • 2回接種;4-12週以上
  • 筋注(三角筋)
COVID発症の予防効果

2回目接種7日後以降のCOVID発症

実薬群 プラセボ群
8人
2,214人年
162人
2,222人年
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
95.0% (90.3-97.6)

2回目接種14日後以降のCOVID発症

実薬群 プラセボ群
3.3人
1,000人年
56.5人
1,000人年
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
94.1% (89.3-96.8)

2回目接種14日後以降のCOVID発症

実薬LD→SD群 プラセボ群
3人
1,367人
30人
1,374人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
90.0% (67.4-97.0)
実薬SD→SD群 プラセボ群
27人
4,440人
71人
4,455人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
62.1% (41.0-75.7)
重症COVIDの予防効果

接種後時期を問わない重症COVID

実薬群 プラセボ群
1人
4,021人年
9人
4,006人年
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
88.9% (20.1-99.7)

2回目接種14日後以降の重症COVID

実薬群 プラセボ群
0人
14,073人
30人
14,073人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
100% (算出不能-100)
有害事象
  • ワクチン反応性症状はいずれも実薬群で多い
  • その他の重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない
  • ワクチン反応性症状はいずれも実薬群で多い
  • その他の重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない
  • 重篤有害事象は死亡含めて両群間に明らかな偏りはない
  • 実薬群2回目接種14日後に発生した横断性脊髄炎1件はワクチンとの関連の可能性がある

一見してわかるとおり,mRNAワクチンであるPfizerワクチンとModernaワクチンは,非常に似通った結果となっています.かつ,2回目接種直後(7日or14日後以降)のCOVID発症予防について,vaccine efficacy, VE は95%前後と極めて優れた結果を示しました.加えて,重症COVIDについても約90%超の VE を示し,少なくとも治験期間中の観察においては,抗体依存性感染増強 ADEの懸念を跳ね返しました.

AstraZenecaワクチンも,投与量が異なる実薬2群で約90%または60%と高い VE を示しました.
ただし,投与量が異なっていることについては,かなり複雑な背景があります.詳しくは下記の「方法:治験での投与法」をご参照ください.
また,複数の効果のうち「90%」については,治験担当者自ら疑義を呈している点に留意が必要です.詳しくは下記の「結果:効果 vaccine efficacy」をご参照ください.

そして,有害事象については,3ワクチンとも「ワクチンとして当然予想される,接種部位疼痛や発熱などの反応性症状」が実薬群で多く観察されたのみで,ワクチン関連が疑われて注意を要する重篤有害事象はほぼありませんでした(※).

(※)AstraZenecaワクチンでは実薬との関連が現時点では否定できない横断性脊髄炎の報告が1例あり,さらなる検証が待たれます.

一言で言えば,「効果が期待できて,重篤または接種をためらう有害事象が観察されないワクチンを,よくぞこの短期間で3種も実用化までこぎつけたものだ」と感嘆するレベルです.

認可後に報告されたアナフィラキシー

米国でのアナフィラキシー

米国ではPfizer, Moderna両ワクチンの緊急使用認可後に,同国のワクチン接種後有害事象集計システム「VAERS」を通じてアナフィラキシー様症状が集計され続けています.

それらをCDCが解析した結果,両ワクチンで次のとおりアナフィラキシーが確認されました.

米国でのアナフィラキシー報告
Pfizerワクチン Modernaワクチン
発表日 2021年1月6日 2021年1月10日
集計期間 2020年12月14日-23日
(10日間)
2020年12月21日-2021年1月10日
(21日間)
発生件数
/接種本数
21例 / 1,893,360本 10例 / 4,041,396本
発生件数
/100万接種
11.1 / 100万接種 2.5 / 100万接種
年齢 中央値40歳,範囲27-60歳 中央値47歳,範囲31-63歳
女性割合 21例中19例(90%) 10例全員(100%)
接種後経過時間 21例中15例は接種後15分以内に発症
中央値13分,範囲2-150分
10例中9例は接種後15分以内に発症
中央値7.5分,範囲1-45分
アレルギー既往歴 21例中17例はアレルギー既往あり(薬剤6例,造影剤2例,食物1例,ワクチン0例)
うち7例はアナフィラキシー既往あり
10例中9例はアレルギー既往あり(薬剤6例,造影剤2例,食物1例,ワクチン0例)
うち5例はアナフィラキシー既往あり
治療内容 21例中18例がアドレナリン筋注,1例がアドレナリン皮下注により治療開始 10例全員がアドレナリン筋注により治療開始
経過 21例中3例がICU入院,1例が一般入院,17例が救急外来のみでの治療 10例中5例がICU入院(うち4例が気管挿管),1例が一般入院,4例が救急外来のみでの治療
転帰 報告時点で21例中20例が快復帰宅 報告時点で10例中8例が快復帰宅

英国でのアナフィラキシー

英国では3ワクチンとも認可されていますが,実際に流通して接種が進んでいるのはPfizerおよびAstraZenecaワクチンの2製剤です.

英国保健当局は2021年2月5日付で両ワクチンの接種後有害事象のレポートを公開しました.

英国でのアナフィラキシー報告
Pfizerワクチン AstraZenecaワクチン
発表日 2021年2月5日
2021年2月5日 2021年2月5日
集計期間 2020年12月8日-2021年1月24日
発生件数
/接種本数
101例(*) / 1回目540万本+2回目50万本
(接種本数は推計)
13例 / 1回目150万本+2回目ほぼゼロ
(接種本数は推計)
発生件数
/100万接種
推計17.1 / 100万接種 推計8.7 / 100万接種
転帰 全員が快復 (※報告中に言及なし)
(*)アナフィラキシーの他にアナフィラキシー様反応も含む
アナフィラキシー様反応(anaphylactoid reaction)とは,IgEを介さず肥満細胞または好塩基球が作用する非アレルギー反応を指し,一般にアナフィラキシーより軽症とされる;101例のうちアナフィラキシー様反応の内訳がどの程度であったか,どのような根拠でアナフィラキシー様反応と判断したかについては言及されていない

アナフィラキシーの頻度の解釈

上記のとおり,米国では2021年1月10日までの時点で,アナフィラキシーがPfizerワクチンで100万接種当たり11.1件,Modernaワクチンで100万接種当たり2.5件と報告されました.

また英国では2021年2月5日までの時点で,アナフィラキシー(一部アナフィラキシー様反応を含む)がPfizerワクチンで100万接種当たり17.1件,AstraZenecaワクチンで100万接種当たり8.7件(いずれも推計)と報告されました.

米国での不活化インフルエンザワクチンによるアナフィラキシーは,米国CDCの報告によると100万接種当たり1.41件とされています.

Flu Vaccine and People with Egg Allergies

下記の研究では米国のワクチン全般でアナフィラキシーは100接種当たり1.31(95%信頼区間0.90-1.84)でした.

McNeil M, Weintraub E, Duffy J et al. Risk of anaphylaxis after vaccination in children and adults. Journal of Allergy and Clinical Immunology. 2016;137(3):868-878. doi:10.1016/j.jaci.2015.07.048

したがって,見かけの数字としては3ワクチンとも,他のワクチンよりもアナフィラキシーを起こしやすい可能性があります. ただし,いずれも新登場のワクチンであるため,接種担当者が他のワクチンよりも注意深く観察したり,より多く報告している可能性が否定できません.

また,「たかだか数100万件程度」の実績から判断しているため,今後数千万件や数億件接種されれば,アナフィラキシーの報告数が変動する可能性も残されています.もちろん,上記報告よりも大きな数字になるかもしれません.

アナフィラキシーの発生頻度については,引き続き注意深く情報収集する必要があります.

なお,アナフィラキシーはワクチンに限らずありとあらゆる薬剤投与で付きまとう副作用です.すべての医師・医療職が,常にいかなる薬剤においてもアナフィラキシーに備えているべきです.

ちなみに私は研修医時代に,ナウゼリン座薬を処方した患者が診察室脇のトイレですぐに挿肛した途端にアナフィラキシーショックを起こされた経験があります.

参考までに,米国で1995年-2013年の18年間に報告された薬剤性アナフィラキシー19,836人(患者175万人中)の内訳をお示しします.

Dhopeshwarkar N, Sheikh A, Doan R et al. Drug-Induced Anaphylaxis Documented in Electronic Health Records. The Journal of Allergy and Clinical Immunology: In Practice. 2019;7(1):103-111. doi:10.1016/j.jaip.2018.06.010
薬剤 100万患者当たり
発生率(*)
抗菌薬 ペニシリン 4590
スルフォンアミド 1510
セファロスポリン 610
マクロライド 380
キノロン 370
NSAIDs 1300
オピオイド 980
Pfizerワクチン 米国 11.1
英国 17.1
Modernaワクチン 米国 2.5
AstraZenecaワクチン 英国 8.7
(*)原著では1万患者当たり発生率で記載;サイト管理者による換算標記

ご覧のとおり,3ワクチンよりも日常的な薬剤の方が遙かにアナフィラキシー頻度が高いことがわかります.

新型コロナワクチンで過度にアナフィラキシーをおそれるのは控えるべきでしょう.
もちろん,新型コロナワクチンに限らず,ワクチン接種時にはアナフィラキシーに備えた薬剤・医療機器の準備と緊急対応訓練を重ねるべきであることは,言うまでもありません.

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変異株に対する効果

英国,南アフリカ共和国,ブラジルを中心に,新型コロナウイルスの変異株の報告が相次いでいます.

いずれも感染性が強くなっている(実行再生産数を数10%以上高くする)ことが示唆され,警戒が必要です.

国立感染症研究所による変異株のリスクアセスメント

国立感染症研究所は日本におけるリスクアセスメント等を随時更新しています.

英国政府による変異株情報のポータル

英国政府サイト「GOV.UK」に変異株のポータルページがあり,情報を一元化して提供しています.

同じく GOV.UK に Scientific Advisory Group for Emergencies(SAGE)のページがあり,変異株についても最新情報を更新しています.

3ワクチンの変異株に対する効果

3ワクチンが変異株にも有効なのか否か,残念ながら true endpoint での評価,すなわち「実薬群とプラセボ群(または認可後の接種者と非接種者)を比較したところ,実薬群(接種者)の方が変異株への感染が少ない」という評価はまだ得られていません.

今のところは,PfizerワクチンとModernaワクチンについて下記のとおり in vitro の実験が行われているのみです.

Pfizerワクチン Modernaワクチン AstraZenecaワクチン
発表 2021年1月27日 2021年1月25日 2021年2月10日
概要
  • Pfizerワクチン接種者 20名 の血清を用いて,変異株に対する中和反応を検証した
  • 以下の変異を有するSARS-CoV-2をそれぞれ人工的に作成し検証に用いた
    • 英国および南ア変異株に共通する変異(N501Y)
    • 英国変異株の変異(Δ69/70+N501Y+D614G)
    • 南ア変異株の変異(E484K+N501Y+D614G)
  • 20名の血清はすべて,上記3種の人工合成SARS-CoV-2のいずれに対しても中和反応を示し,Pfizerワクチンの変異株に対する有効性が示唆された
  • 南ア変異株の変異に対する中和反応は他の変異に比べるとわずかに弱かったが,ワクチンの効果 vaccine efficacy を有意に減弱させるような差異ではないと判断した
  • Modernaワクチン接種者(phase 1参加者) 8名 の血清およびModernaワクチンを接種したサルの血清を用いて,変異株に対する中和抗体価を測定した
  • 以下のSARS-CoV-2変異株を検証に用いた
    • 英国変異株 系統 B.1.1.7
    • 南ア変異株 系統 B.1.351
  • B.1.1.7変異に対する中和抗体価は充分に高く,過去の変異株に対する中和抗体価と同等であることがわかった
  • B.1.351変異に対する中和抗体価は過去の変異株に対する中和抗体価の6分の1まで低下していることがわかった
  • B.1.351変異に対してModernaワクチンは効果が減弱する可能性がある

(変異株が報告されている英国および南アにおいてもAstraZenecaワクチンの接種が推奨されると,WHOのSAGE(予防接種の諮問委員会)が発表したことをリリースしているのみ;in vitro検証については言及なし)

論文

上述のとおり,現時点では in vitro の結果しか得られていません.

しかしどんなに悪い方向に考えても,「接種済み者が変異株に感染すると,未接種者よりも悪化する」ということは示唆されません.
最も悪いシナリオで,「3ワクチンは変異株に対する予防効果がない」というレベルでしょう.
現実には,たとえ効果が減弱するとしても,全く効果がないということにはならないと思われます.

すると,たとえ変異株に対してでも「接種を控えるべき理由はない」ということは明確に言えます.
「あまり効かないかもしれない」ということは,「少しは効くはず」だからです.

減弱した効果でも「効果がある」ならば,接種しない理由はないと言えます.

変異株とワクチンについては下記の記事にもよくまとめられています. {{Quote|content=Hagen A. SARS-CoV-2 Variants vs. Vaccines. ASM.org. https://asm.org/Articles/2021/February/SARS-CoV-2-Variants-vs-Vaccines. Published February 5, 2021. Accessed February 12, 2021.


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今わかっていること,まだわからないこと

3ワクチン論文から効果と有害事象を,さらに認可後の各種報告からアナフィラキシー頻度等を,それぞれ読み取ることができます.

「今わかっていること」と「まだわからないこと」を改めて整理すると,下記のとおりです.

判明した結果ばかりに目を奪われず,「まだわからないこと」をしっかり認識することが重要です.

論文からわかること

  • PfizerとModernaのmRNAワクチンでは,2回目接種の7日or14日後以降の時点で,COVIDの発症(症状が出てから検査・診断されるCOVID)が,約95%の VE で予防できる.
  • AstraZenecaのウイルスベクターワクチンでは,2回目接種の14日後以降の時点で,COVIDの発症,約60-90%の VE で予防できる.
  • 3ワクチンともに,ワクチンとして当然予想される接種部位疼痛や発熱などの反応性症状はプラセボよりも多く観察されたが,明らかにワクチンが原因と思われる重篤な有害事象は治験期間中には観察されなかった.

認可後の各種報告からわかること

  • Pfizerワクチンは180万件接種された時点で,100万接種当たり11.1-17.0件のアナフィラキシーが生じた
  • Modernaワクチンは400万件接種された時点で,100万接種当たり2.5件のアナフィラキシーが生じた
  • AstraZenecaワクチンは150万件接種された時点で,100万接種当たり8.7件のアナフィラキシーが生じた

まだわからないこと

  • 3ワクチンとも,2回目接種から長期間経過後(例えば半年後,1年後,5年後など)でも予防効果が続くのか,いずれ減弱してプラセボとの差がなくなってしまうのか,まだわからない.
※2回目接種からCOVID発症までの治験中の平均追跡期間は,3ワクチンとも40日台~80日台,すなわちせいぜい3ヶ月以内.
※治験参加者をさらに長期間観察すれば長期効果もわかっていくが,世界的大流行が続く中でプラセボ接種者に本当のワクチンを打たないまま1年も2年も経過観察するのが倫理的に許されるのか,議論が出る可能性がある.ただしプラセボ接種者に今後本当のワクチンを接種すれば,その後の長期間の効果は判定不可能になる.
  • PfizerワクチンとModernaワクチンでは,無症状COVID感染が予防できるのか,まだわからない.
  • 3ワクチンとも,他者への感染を予防できるのか,まだわからない.
※悪いシナリオとしては,「3ワクチンで発症は予防できるが他者への感染性は予防できない可能性」がある.すなわち集団免疫が獲得できず,接種した個人だけにメリットがある可能性が,今のところは否定できない.
  • 治験参加人数(約1万~4万人)と観察期間の範囲では検出できなかった稀な重篤有害事象が今後報告されるのか,まだわからない.
  • 治験参加人数と観察期間の範囲では検出できなかった抗体依存性感染増強 ADE が今後報告されるのか,まだわからない.
  • 変異株に対してPfizerワクチンとModernaワクチンでは in vitro での中和反応は小規模に検証されているが,3ワクチンとも実際の接種者での変異株感染の有無を検証できてはおらず,3ワクチンの変異株に対する真の効果は,まだわからない.

2021年2月時点ではっきり言えること

以上を踏まえて,現時点で下記のことははっきり言えるでしょう.

  • 3ワクチンとも,16 or 18歳以上の成人が接種することで,60-95% の VE (“割引率”)でCOVIDの発症を予防することができる
    • そのため,COVID発症による社会への影響が特に大きい職種の人々と,COVID発症で重症化や死亡のリスクが特に高い人々が,優先的に接種するのが望ましい
  • 3ワクチンとも,接種を大いにためらうような重篤な有害事象は今のところ明らかではない
    • むしろ第3波の只中では,COVIDに感染して不利益を被ったり生命の危険にさらされるリスクの方が,未知の重篤有害事象よりも高いと言える
  • 接種を受けた本人のメリットは明らかであるが,他者への感染性を予防するかは未だ不明である
    • よって,ワクチン普及によって集団免疫が獲得できるか=周囲が接種することで未接種の人でも守られるかは不明である
  • 普及に要する時間と集団免疫不明を考えると,社会全体での感染予防策の徹底継続は不可欠である

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3ワクチンが普及する場合に想定されるシナリオ

開発拠点国である米国,英国およびイスラエル等の輸入国では既に接種が開始され,合計で数100万人が接種を終えています.

日本でも2021年2月の接種開始に向けて急ピッチで自治体やプライマリケア医療機関が準備を進めています.

3ワクチンが普及していくにつれ,想定されるシナリオを列挙します.

良いシナリオ

まずは良いシナリオからです.

ワクチンによるパンデミックの終息

当然のことながら良いシナリオとして「COVIDパンデミックがワクチンによってコントロールされていく」ことが浮かびます.

ただしこれは,接種が始まったばかりの現段階では,「期待」のレベルでしょう.「月」の単位で得られるシナリオでは到底ありませんし,「確実に○年以内にワクチンがCOVIDを制圧する」と予測することも困難でしょう.

ワクチン接種者が発症and/or重症COVIDから守られる

これは3論文を読む限りでは,ワクチンを接種した人がCOVIDの発症and/or重症化から高確率で守られるということは,ほぼ断言できるでしょう.

予防効果の持続期間は未だ不明ですが,原著3論文にある Kaplan-Meier 曲線を見る限りでは,下側に位置する実薬群のなだらかなカーブが,プラス2-3ヶ月以内に急激に上向きにシフトして上側のプラセボ群のカーブに近づくという可能性は,低そうです.

悪いシナリオ

悪いシナリオもきちんと想定する必要があります.

悪いシナリオを未然に防ぐことは困難ですが,備えをして被害を最小限にとどめる努力は必要でしょう.

予防効果が長期的に減少していく

Kaplan-Meier曲線の印象からは実薬群のカーブが「急激に」上向く可能性は低いと思いますが,徐々に上を向き始めてプラセボ群カーブとの差がだんだん縮まっていく,というシナリオは想定する必要があると思います.

そもそも新型コロナウイルス SARS-CoV-2 への感染が終生免疫を得るというエビデンスは今のところなく(※世界最初の患者の感染から1年ちょっとしか経ってないんですから当然です),少数ながら2回目の感染例も世界中で報告され続けています.

ということは,ワクチンで得た免疫が長期間~生涯にわたって感染を予防してくれる保証もまたないわけです.

あるいは,ワクチンの性能として長期間もたない可能性もあります.その場合は一定期間ごとに再接種する戦略があり得ますが,再接種がブースターとして機能するかどうかを改めて治験または市販後臨床研究する必要があるでしょう.

効果が減弱または消失するような変異株が流行する

すでに英国を中心に感染力が増強した変異株が世界の50地域以上で発見されています.

現在発見されている変異株に対する3ワクチンの効果については,別項「#変異株に対する効果」をご参照ください.

将来発見される変異株に対して3ワクチンのいずれも効果が減弱してしまう可能性は,常に残されています.

重篤有害事象が新たに報告される

3ワクチンの治験では,実薬群に有意な重篤有害事象は報告されませんでした(AstraZenecaワクチンでの横断性脊髄炎1例は関連が否定されていないレベル).

しかし一般的に,ワクチンの重篤有害事象は数100万人~数億人に接種しつつ医師が丁寧に論文等で報告し続けることで,数ヶ月~数年かけて因果関係が検証されていくものです.

せいぜい4万人程度の参加者数と平均2-3ヶ月程度の観察期間では,起こりうる重篤有害事象をすべて発見することは不可能であることを,しっかり認識せねばなりません.

もちろん,時間をかけて因果関係が定まっていく重篤有害事象の頻度は,100万接種当たり数件程度のごく低頻度であることが一般的です.したがって,未知の重篤有害事象を過度に怖がって接種しないのは,得策とは言えません.その低いリスクよりも,第3波の真っただ中でCOVIDに感染してしまうリスクの方が,ずっと高いはずです.

個人の選択としては,未知の低頻度な重篤有害事象をおそれて接種しないのではなく,COVIDに感染して生活が著しく阻害されたり生命の危険にさらされるリスクを減らすために接種を受ける方が,ずっと得策でしょう.

抗体依存性感染増強 ADE が新たに報告される

コロナウイルスの免疫を語る際には,「抗体依存性感染増強 Antibody-dependent enhancement, ADE」という概念を必ず考えねばなりません.

何やら難しい言葉ですが,ざっくり言えばこういうことです.

  • 病原体感染またはワクチン接種で体内で産生されるようになった抗体が,その後に同じ病原体に感染した際に,病原体と相互作用してかえって感染症を悪化させてしまう現象
  • せっかく獲得した免疫が,かえって仇になって感染症を重症化させるという,トンデモ案件

ADEを起こす病原体は珍しいのですが,コロナウイルスはどうなのか?

コロナウイルスは数多くの動物種に感染することが知られています.何しろ現在のSARS-CoV-2は何かの動物(コウモリ?ヘビ?)だけに感染していたはずのコロナウイルスが変異してヒトにも感染するようになったという仮説がありますし,SARS-CoV-2自体がさらにイヌやネコやミンクやゴリラに感染することがわかっています.

ネコだけに感染するネココロナウイルスもあります.

ネココロナウイルスのうち,ネコ感染性腹膜炎ウイルス(FIPV)というコロナウイルスはその名のとおりネコに重篤な感染性腹膜炎を起こしますが,これがADEによるものであることがわかっています.

Takano T, Yamada S, Doki T, Hohdatsu T. Pathogenesis of oral type I feline infectious peritonitis virus (FIPV) infection: Antibody-dependent enhancement infection of cats with type I FIPV via the oral route. Journal of Veterinary Medical Science. 2019;81(6):911-915. doi:10.1292/jvms.18-0702

一方でヒトに感染するコロナウイルス7種のうち,明らかなADEの報告は1種もありません.SARS-CoV-2は少ないながらも2回感染する症例が世界各地から報告されていますが,2回目が重症となった患者は決して多くはなく,今のところSARS-CoV-2がADEを起こすというエビデンスはありません.

ただし,2003年に世界でアウトブレイクを起こしたSARSウイルスでは,ワクチンの開発段階で「開発中のSARSワクチンを接種したサルにおいて,T細胞レベルでの理論的なADEの可能性」が報告されました.

Zhou J, Wang W, Zhong Q, et al. Immunogenicity, safety, and protective efficacy of an inactivated SARS-associated coronavirus vaccine in rhesus monkeys. Vaccine. 2005;23(24):3202-3209. doi:10.1016/j.vaccine.2004.11.075 PMID: 15837221; PMCID: PMC7115379.

SARSウイルスワクチンはその後SARSそのものが終息したため,ヒトでの治験に進むことはありませんでした.そのためSARSワクチンがヒトで臨床的なADEを起こすのかどうかは不明なままです.

今回の3ワクチンでは治験において「重症COVIDは実薬群で減少するのか,または増加するのか」というエンドポイントが設定されました.実薬群で増加する,すなわち実薬群の方が重症COVIDが多く観察されるなら,ワクチン接種でADEが起きたと疑われるわけです.結果的に重症COVIDは実薬群で有意に少なかったため,少なくとも治験での人数・観察期間ではADEは検出されなかったことになります.

しかし,あくまで治験では検出されなかっただけです.今後数100万人,数億人と接種した場合に,ADEが後から発見される可能性がまだ残されています.

実際にワクチン開発において,治験では重症化が減少することが観察されたにもかかわらず,市販後の検証でADEの可能性が考えられた事案がありました.
デングウイルスに対するワクチン「Dengvaxia」の事案でした.


デングウイルスワクチン「Dengvaxia」の悲劇

デングウイルスは以前からヒトにADEを起こすことが知られています.

デングウイルスには4つの血清型(1型,2型,3型,4型)があり,ヒトは1つ1つの血清型には終生免疫を獲得します.
しかし,「最初に感染した血清型に対して産生されるようになった抗体が,2番目に感染した血清型と相互作用して,2回目のデング熱は1回目のデング熱より重症化しやすい」という現象が起きます.これが抗体依存性感染増強,ADEです.

デングウイルスのADEは特に小児で起きやすいことがわかっています.
例えば,2-14歳の小児 8,002 人を観察したコホートで,デング抗体を有する小児は抗体を持たない小児に比べて,その次のデング感染で重症デング(デング出血熱またはデングショック症候群)に 7.64 倍罹患しやすいという研究があります(信頼区間3.19-18.28).

Katzelnick LC, Gresh L, Halloran ME, et al. 2017. "Antibody-Dependent Enhancement Of Severe Dengue Disease In Humans". Science 358 (6365): 929-932. doi:10.1126/science.aan6836.

そのためデングウイルスワクチンの開発に当たっては,「ワクチンで産生された抗体がその後のデング感染でADEを起こさないように設計する」ことが至上命題です.これは開発者にとって高いハードルとなり,デングワクチン実用化には長い時間がかかりました.

その末に2014年,治験phase 3で ADE が観察されなかったデングワクチンがついに登場しました.

Capeding MR, Ngoc Huu Tran, Hadinegoro SRS, et al. 2014. "Clinical Efficacy And Safety Of A Novel Tetravalent Dengue Vaccine In Healthy Children In Asia: A Phase 3, Randomised, Observer-Masked, Placebo-Controlled Trial". The Lancet 384 (9951): 1358-1365. doi:10.1016/s0140-6736(14)61060-6.

後に商品名「Dengvaxia」と名付けられるこのワクチンは,phase 3でデング感染すべてに対して 56.5% の VE を示しました.さらに,重症デングの1形であるデング出血熱に対する VE も 88.5% と良好な数字を示したのです.
今回の3ワクチンと状況は似ています.

しかし,翌2015年に発表された下記の治験後長期観察において,不安な結果が報告されました.
接種から3年以内のデング感染による入院(※重症化を示唆する指標)を観察したところ,9歳以上の小児および成人ではプラセボに比して入院の相対リスクが 0.50 (95%CI 0.29-0.86) と有意に減少しましたが,9歳未満の小児については入院の相対リスクは 1.58 と上昇しており,「実薬群の方がデング入院が多くなる」という結果となりました.ただし95%信頼区間は 0.83-3.02 と1をまたいだため,統計学的な有意差は認められませんでした.

Hadinegoro SR, Arredondo-García JL, Capeding MR, et al. 2015. "Efficacy And Long-Term Safety Of A Dengue Vaccine In Regions Of Endemic Disease". New England Journal Of Medicine 373 (13): 1195-1206. doi:10.1056/nejmoa1506223.

「9歳未満小児で実薬群の方がデングによる入院が増えたが,統計学的有意差はなかった」という微妙な結果に対して,掲載誌の New England Journal of Medicine は掲載号のエディトリアルで警告を発しています.

Simmons, Cameron P. 2015. "A Candidate Dengue Vaccine Walks A Tightrope". New England Journal Of Medicine 373 (13): 1263-1264. doi:10.1056/nejme1509442.

この流れの翌年2016年,フィリピン政府は世界で初めて Dengvaxia を「9歳以上の小児および成人」に限定して定期接種として導入しました.長期観察で9歳以上はデング入院が減少していたためです.

その後6ヶ月超の間に83万人あまりの小児が Dengvaxia 接種を受けた頃,2017年11月末に製造元の Sanofi Pasteur が重大な発表を行いました.

Bollack L. Sanofi updates information on dengue vaccine. Sanofi. https://www.sanofi.com/en/media-room/press-releases/2017/2017-11-29-17-36-30. Published November 29, 2017. Accessed January 20, 2021.

Sanofi Pasteurのプレスリリースによると,Dengvaxia のさらなる長期成績を解析したところ,

  • Dengvaxia接種前に既に1回以上のデング感染歴があった者では,Dengvaxia は2回目以降のデング感染も重症デングも予防する
  • Dengvaxia接種前にデング感染既往がなかった者では,Dengvaxia 接種後の初めてのデング感染によって,逆に重症デングが増加する

という結果が明らかとなったというのです.

そして Sanofi Pasteur は Dengvaxia の添付文書を「接種対象者はデング感染既往がある者に限る」と改訂したのでした.

Sanofi Pasteur の発表を受けて,フィリピン保健省は2017年12月に Dengvaxia 接種を直ちに中止しました.


これが史上初のデングウイルスワクチンが辿った悲劇です.悲劇はデングワクチンだけに留まらず,フィリピン全土での“反ワクチン忌避”にまでつながりました(後述).

今回の3ワクチンでも,数年後に同様の事態が起きる可能性はまだ残されていると言わざるを得ません.

ただし,仮に新型コロナワクチンで数年後にADEが報告されたとしても,統計学的な検証で初めて発見されるはずです.治験phase 3で重症COVIDに対する VE が88%超という高い成績を示したわけですから,「ワクチン接種者が短期間に次から次へと重症COVIDを発症していく」のようなシナリオはほぼあり得ないでしょう.それでも,数年後に重症COVID患者に対するワクチン接種という曝露の有無について症例対照研究を行うと,ひょっとしたら統計学的にはワクチン接種者の方が重症化のオッズ比が有意に高くなるかもしれません.Dengvaxiaと同じ道を辿る可能性はまだあるのです.

もちろん,そのようにして発見されるADEならば,頻度は相当に低いはずです.であれば,「この重症COVID患者はワクチン接種が原因だ」などと断定することはまず困難でしょう.

未知の重篤有害事象と同じく,相当低頻度と予想される接種後ADEのリスクと接種しない場合の感染リスクを比較すれば,接種によるメリットの方がずっと大きいと考えられます.

個人の選択としては未知のADEへの懸念を理由に接種を控えるのは得策ではありませんが,ワクチンに対する医学的評価としてはADEの可能性は常に検証せねばならないということです.

その他,新型コロナとADEについて下記の総説もご参照ください.


Dengvaxia中止がもたらした大規模なワクチン忌避と麻疹死亡増加

Dengvaxiaの中止はフィリピンで大変な問題となり,市民,特に小児の保護者のワクチン忌避を引き起こしました.

現実には,治験ではなく定期接種として接種を受けた小児の大半で過去にデング既往があったかどうかはわかりません.フィリピンでは毎年数10万人がデングに感染するため,発熱してもデングを疑った厳密なウイルス学的診断は殆ど行われず,臨床診断されるのみか受診すらしないケースばかりだからです.
よって,Dengvaxia接種児が実際に重症デングに罹患したとしても,それが Dengvaxia による抗体が原因でのADEなのか,初感染であっても Dengvaxia とは関係のない(ADEではない)重症化なのか,はたまた Dengvaxia前に感染歴があって前回感染の抗体によるADEなのか,個々の症例で区別することは困難でした.
そもそも研究において統計的にのみ観察された事象について,市中での個々の症例が研究でのどちらの群に相当するのかを区別することは,原理的に不可能です.

しかし,一般市民はそのようには理解しません.Dengvaxia接種児が重症デングになれば,保護者が「うちの子はワクチンのせいで重症化した」と嘆くことは想像に難くありません.また,医療関係者がその保護者の考えを否定することもできません.

その結果,「Dengvaxiaは危険なワクチンだ」→「すべてのワクチンが危険だ」と世論がエスカレートしてしまいました.

その煽りを最も強く食らったのが,麻疹でした.

Dengvaxia中止前の2017年までは,フィリピンでの麻疹含有ワクチンの接種率は80-90%と比較的高く推移していました.特に2017年は89%と良好な成績でした.
ところが2018年は67%,2019年でも73%と破滅的に激減しました.

WHO vaccine-preventable diseases: monitoring system. 2020 global summary - Coverage time series for Philippines (PHL)
※「MCV1」参照;他のワクチンも軒並み接種率が激減しています.

麻疹は感染力が強い(基本再生産数が12-18;新型コロナは2.5)ため,ワクチン接種率は95%以上を維持しなければ制御できないとされています.70%を割るような落ち込みは,麻疹大流行を間違いなく引き起こします.
実際にフィリピンの麻疹発生数は,2017年2,428人→2018年20,827人→2019年48,525人と,壊滅的に増加しています.

WHO vaccine-preventable diseases: monitoring system. 2020 global summary - Incidence time series for Philippines (PHL)
※「Measles参照」

フィリピンにおける Dengvaxia の顛末をまとめた Wikipedia記事によると,2018年時点で Dengvaxia に由来する重症デング児は 14 人発生したと推定され,うち 3 人が死亡しました.

これに対して,フィリピンの2019年における麻疹アウトブレイクをまとめた Wikipedia記事によると,2019年4月13日までのわずか4ヶ月あまりだけの集計でも 415 人が麻疹で死亡しています.

死者の数だけで比較するのは不謹慎なのは承知の上で,

Dengvaxia由来のADEで3人死亡したことがきっかけで,麻疹ワクチンで守られるはずだった415人(実際にはもっと多数)が死亡した

と言わざるを得ないのです.

重篤有害事象やADEの報告がきっかけでワクチン忌避が起きる

未知の重篤有害事象であれADEであれ,確率でいえば100万接種当たり数件程度,要は数万分の1以下と予想されます.感染拡大を続ける日本で暮らしてコロナに感染する確率は数万分の1よりはずっとずっとずっと大きいはずです.よって個人の選択としては,未知の重篤有害事象等の低いリスクよりもCOVIDに感染する高めのリスクにこそ目を向けて,積極的に接種を受けるべきでしょう.

一方で,それらが広く社会にもたらす影響も忘れてはいけません.

重篤有害事象やADEの報告は,どうしてもマスメディアやSNSの耳目を引きます.センセーショナルに報道されたり,過度に恐れる言説がSNSで広まると,ワクチンに対する忌避反応が社会の中で起きます.

「コロナワクチンは怖い」「コロナワクチンを打つとコロナに感染するよりひどい目に遭う」などの考え方が広まってしまうと,あっという間に接種控えが起きます.接種控えによって患者が減らないことにつながりかねません.

日本はまさにHPVワクチンでそれを経験しました.未だに接種率が極端に低いままにとどまり,予防できたはずの子宮頸がん患者が多数に上るという試算も出ています.

もっと怖いのは,ワクチン忌避が他のワクチンにまで広がることです.

フィリピンでは前述のデングワクチンの撤回がきっかけで全土で広範囲なワクチン忌避が巻き起こり,乳幼児の麻疹ワクチン接種が激減しました.その結果,麻疹患者が激増し,麻疹による乳幼児死亡が激増したのです.麻疹による死亡数がデングワクチンによる死亡数を遥かに上回るという悲劇が生まれました.

COVIDワクチンの重篤有害事象は必ず何かは報告されることでしょう.その時に医療職がどう行動できるかで,ワクチン忌避をどれだけ小さくできるかが決まります.

今から備えるべきでしょう.

国際渡航その他の場面で接種を要求(強要)されたり差別が起きる

ワクチンが人の行動の制限条件にされてしまうおそれもあります.

たとえば国際渡航において,自国への入国条件としてワクチン接種を義務付ける国が出現するかもしれません.その場合,医学的な理由で接種できなかったり,個人の信条で接種しない人が,渡航できないなどの不利益を被ることになります.

※現在は,一部の国・地域において入国の際に義務付けられる可能性があるワクチンとして,黄熱,髄膜炎菌,ポリオがあります.

就職,進学,その他集団への所属に際して,接種を求める相手方が現れるかもしれません.接種しなければ所属を許さない,あるいは接種しない人の待遇を不当に下げる,などが起こりえます.

さらには,未接種の人や敢えて接種しない人を排除したり差別する風潮も生まれるかもしれません.

国際渡航での義務付けはさておき,後者のおそれは仮に起きたとしても社会の大きな趨勢になる可能性は低いでしょう.社会の中の限られた環境,限られた関係性の中で起きると思います.でもそれによって被害や不利益を被る人々に医療職は関心を寄せるべきですし,少なくとも我々はそうした被害や不利益を与える側に回ってはいけません.

接種済みを“免罪符”と勘違いして感染予防策を無視する人が増える

コロナパンデミックは様々な形で社会の分断を浮き彫りにしています.

もしも接種済みの人が,「自分はワクチンを打ったんだからもうコロナにはかからない,だから自粛もしないしやりたいことは何でもする」という行動をしたらどうなるか.
それは新たな分断の基になるかもしれません.

医学的に考えても,3ワクチンの効果は決して100%ではないので,接種したとしても従来どおりの感染予防策は変わらず続けるべきです.また他者への感染性を下げるかどうかは全く分かっていないので,「接種済みの人に感染はしたが本人は発症せず,周囲の人には大量に感染させてクラスターを作った」ということも起こりえます.

接種を受けた人も,接種が進んだ社会であっても,感染予防策は変わらず継続していただきたいですし,継続すべきです.

感染予防策をしなくてもよくなるのは,日本が,世界が,完全にコロナをコントロールし切った後なのです.
決して,ワクチンを打った後ではないのです.

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3ワクチン普及への現実のハードル

前述のとおりさまざまなシナリオを想定する必要がありますが,それとは別に,現実的なハードルもまた見据える必要があります.

ロジスティクス

何といってもロジスティクス,すなわち,輸入または製造,国家検定,輸送,個々の接種機関への配布,保管保存,接種場所と接種時間の確保,接種人員の確保と通常診療とのバランス,接種順位の決定と公平性の確保,有害事象の報告システム,重篤有害事象時の国家補償の給付,エトセトラ,エトセトラ.

全く新しいワクチンを一気に広範囲に接種するわけですから,準備しなければならない要素が山盛りです.現に,自治体/保健所と地域医療機関(特にプライマリケア医療機関)は今,てんてこ舞いになって準備を進めてくださっています.

またPfizerワクチンは長期保管温度はマイナス70℃とされ,輸送時の専用車や大量ドライアイスの調達,接種機関での超低温冷凍庫(deep freezerと呼ばれるもの)の購入と設置など,従来ワクチンとは異なる体制や機器を新たに整備せねばなりません.

ロジスティクスの確立と維持改善に,行政と医療機関は相当な労力を要することでしょう.

人口が多い国ほど接種完了までに時間がかかる

当然のことですが,人口が多ければ多いほど,ワクチンが必要人口に行き渡るまでに長期間を要します.

コロナ前の日本では,毎冬約2,000万-2,500万本のインフルエンザワクチンが接種されていました.接種が集中するのは10月後半から1月前半ぐらいですから,1ヶ月あたり800-1,000万本ほど接種されていたことになります.簡単に言えば,日本の医療機関はその程度のワクチン接種能力があることになります.

しかし実際はそうならないでしょう.インフルエンザワクチンは打つ方も打たれる方も「勝手がわかっている」ために,効率よく大量接種できました.それも,接種機関は目も回るような忙しさに歯を食いしばって耐えて,その数字でした.

一方でCOVIDワクチンは何もかもが初めてですから,1人当たりの接種時間はインフルエンザワクチンの数倍かかるでしょう.しかも,コロナ患者が一般診療所でも次々に発見されるような流行状況では,ワクチン接種に多くの時間・人員・エネルギーを割くことができません.

よって,少なくとも最初の数ヶ月は,800-1,000万/月のような接種数はとても無理だと思われます.

では仮に日本全国で1ヶ月当たり300万件接種できたとしたら?人口1億2500万人のうち,対象者が9,000万人だったとしても,2回接種の完遂までに実に60ヶ月,5年かかってしまいます.

倍の600万接種/月でも,30ヶ月,2年以上かかります.

上述のアナフィラキシーの項でも見たとおり,米国では最初の10日間で180万件接種しましたが,その殆どが医療従事者でした.接種が最もスムーズに行われるはずの集団です.仮にそのペースを米国が全市民にも維持できたとしても,月に600万件弱です.人口3億1000万のうち対象者が仮に2億5000万だとして,2回接種完遂まで83ヶ月,7年近くです.

ロジスティクスその他の工夫を各国が積み上げることで接種速度は速まっていくことでしょうが,必要人口をカバーできるまでに相当な時間がかかることは覚悟せねばならないでしょう.

感染者数が少ない国ではワクチンの効果を国として実感しにくい

必要人口に行き渡るまでに時間がかかる一方で,感染者数が相対的に少ない国・地域ではワクチンの普及そのものの効果を実感しにくいという現象が起きます.

米国や英国はロックダウン政策すら効かないような感染爆発に襲われており,現在ではワクチンだけが唯一の制御手段となってしまっています.その場合,ワクチンの普及につれて感染者の増加カーブが次第に緩くなって減少に転ずる日が来るはずなので,ワクチンの国全体での効果を実感できることでしょう.

しかし例えば,完全と言っていいほどの感染制御に成功している台湾でワクチンを打ったら?すでに患者が殆ど出ていない状況ですから,当然ワクチンの効果を「実感」することは不可能です.より強い安心を得ることはできますが.

では日本ではどうでしょう?

第3波が急激に悪化しつつありますが,緊急事態宣言が首都圏に始まり複数都府県で順次再発令され,人々の行動が再び制限されつつある今,仮にワクチンが短期間で普及したとしても,それが人々の接触減のおかげなのかワクチンの効果なのか区別は困難だと思います.効果を区別するには,理論疫学を専門にされる先生方の解析に頼るしかなさそうです.

ワクチンの効果が国として実感できない場合,市民のワクチンへの信頼度が高まるかどうか不安があります.「なんかワクチン始まってるらしいけど,全体的に効いてるのかどうかわかんないよね,だったら打たなくていいんじゃないの?」という風潮が生まれると,全体に効果が出るはずのものも出なくなってしまいます.

これを乗り越えるには,行政や医療職が丁寧に説明を続けて市民の理解を得られ続けるよう努力するしかありません.


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日本でのコロナワクチン接種体制について

(under construction ごめんなさい💦)

政府機関サイト

厚生労働省

新型コロナワクチンについて
├ 接種についてのお知らせ
│ └ 医療従事者等への接種について
├ 新型コロナワクチンの有効性・安全性について
├ Q&A
├ 開発状況について
├ 自治体・医療機関・その他関係機関向けのお知らせ
│ └ 自治体向け通知・事務連絡等
│ └ 医療機関向けのお知らせ
│ └ その他関係機関向けのお知らせ
├ 新型コロナワクチンの予診票・説明書・情報提供資材
├ 審議会・検討会等
└ その他(報道発表、接種実績等)

薬事・食品衛生審議会(医薬品第二部会)
※新型コロナワクチンの承認(特例承認)を審査する厚生労働大臣諮問機関
首相官邸
新型コロナワクチンについて

改正予防接種法における扱い

令和2(2020)年12月9日に予防接種法が改正・公布され,即日施行されました(令和2年法律第75号).

さらに,2021年2月14日にPfizerワクチン「コミナティ筋注」が特例承認されたことを踏まえ,令和3(2021)年2月16日に予防接種法施行令(政令)および予防接種法施行規則(症例)が改正・公布され,即日施行されました(令和3年政令第31号および厚生労働省令第34号).

これらの改正および法解釈の要点は下記のとおりです.

  • 新型コロナワクチンは予防接種法に基づく「臨時接種」として,市町村の事業として実施される.
  • すべての費用を国が負担する.
  • 臨時接種の対象者には「まん延防止のために接種を受ける努力義務」があるが,妊婦は努力義務から除外されている.
  • 努力義務には罰則がないため,接種を受けるか否かは実質的に個人の判断に任されている
  • 重篤有害事象により死亡または障害が残った場合は,予防接種法に基づく救済措置(医療費,手当,年金等の給付)が行われる.
  • 2021年2月現在,臨時接種に使用するワクチンはPfizerのコミナティ筋注のみである.

詳しくは次節の詳細をご覧ください.

改正予防接種法,同施行令,同施行規則の詳細

官報に掲載された改正内容に従い,新型コロナワクチンに限定して改正前の予防接種法(2021年2月17日閲覧)を読み替えると,下表のようになります.

下線は改正または新設された条文,太字は改正による読み替えです.なお,冗長かつ読み替えに支障がない文言は一部明示的に省略しています.

改正予防接種法の読み替え

条文 改正後 改正前
第6条
(臨時に行う予防接種)
1 厚生労働大臣は、新型コロナウイルス感染症のまん延予防上緊急の必要があると認めるときは、その対象者及びその期日又は期間及び使用するワクチン(中略)を指定して、都道府県知事を通じて市町村長に対し、臨時に予防接種を行うよう指示することができる。

(2・3省略)

1 都道府県知事は、A類疾病及びB類疾病のうち厚生労働大臣が定めるもののまん延予防上緊急の必要があると認めるときは、その対象者及びその期日又は期間を指定して、臨時に予防接種を行い、又は市町村長に行うよう指示することができる。

(2・3省略)

第8条
(予防接種の勧奨)
1 市町村長又は都道府県知事は、(中略)第6条第1項若しくは第3項の規定による予防接種の対象者に対し、(中略)臨時の予防接種を受けることを勧奨するものとする。

2 市町村長又は都道府県知事は、前項の対象者が16歳未満の者又は成年被後見人であるときは、その保護者に対し、その者に(中略)臨時の予防接種を受けさせることを勧奨するものとする。

(上記の規定は)新型コロナウイルス感染症のまん延の状況並びに当該感染症に係る予防接種の有効性及び安全性に関する情報その他の情報を踏まえ、政令で、当該規定ごとに対象者を指定して適用しないこととすることができる。(改正 附則第7条第4項)

1 市町村長又は都道府県知事は、(中略)第6条第1項若しくは第3項の規定による予防接種の対象者に対し、(中略)臨時の予防接種を受けることを勧奨するものとする。

2 市町村長又は都道府県知事は、前項の対象者が16歳未満の者又は成年被後見人であるときは、その保護者に対し、その者に(中略)臨時の予防接種を受けさせることを勧奨するものとする。

第9条
(予防接種を受ける努力義務)
1 (中略)第6条第1項の規定による予防接種の対象者は、(中略)臨時の予防接種(中略)を受けるよう努めなければならない。

2 前項の対象者が16歳未満の者又は成年被後見人であるときは、その保護者は、その者に(中略)臨時の予防接種(中略)を受けさせるため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

(上記の規定は)新型コロナウイルス感染症のまん延の状況並びに当該感染症に係る予防接種の有効性及び安全性に関する情報その他の情報を踏まえ、政令で、当該規定ごとに対象者を指定して適用しないこととすることができる。(改正 附則第7条第4項)

1 (中略)第6条第1項の規定による予防接種の対象者は、(中略)臨時の予防接種(中略)を受けるよう努めなければならない。

2 前項の対象者が16歳未満の者又は成年被後見人であるときは、その保護者は、その者に(中略)臨時の予防接種(中略)を受けさせるため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

第13条
(定期の予防接種等の適正な実施のための措置)
(1~3省略)

4 厚生労働大臣は、定期の予防接種等の適正な実施のため必要があると認めるときは、地方公共団体、病院又は診療所の開設者、医師、ワクチン製造販売業者(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(中略)第12条第1項の医薬品の製造販売業の許可を受けた者であって、ワクチンの製造販売(中略)について、同法第14条の承認を受けているもの(中略)又は同法第19条の2第1項の承認を受けているもの(当該承認を受けようとするものを含む。)が同条第3項の規定により選任したものをいう。第23条第5項において同じ。)、定期の予防接種等を受けた者又はその保護者その他の関係者に対して前項の規定による調査を実施するため必要な協力を求めることができる。

(1~3省略)

4 厚生労働大臣は、定期の予防接種等の適正な実施のため必要があると認めるときは、地方公共団体、病院又は診療所の開設者、医師、ワクチン製造販売業者(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(中略)第12条第1項の医薬品の製造販売業の許可を受けた者であって、ワクチンの製造販売(中略)について、同法第14条の承認を受けているもの(中略)をいう。第23条第5項において同じ。)、定期の予防接種等を受けた者又はその保護者その他の関係者に対して前項の規定による調査を実施するため必要な協力を求めることができる。

第16条
(給付の範囲)
1 新型コロナウイルス感染症に係る臨時の予防接種を受けたことによる疾病、障害又は死亡について行う前条第1項の規定による給付は、次の各号に掲げるとおりとし、それぞれ当該各号に定める者に対して行う。

一 医療費及び医療手当 予防接種を受けたことによる疾病について医療を受ける者
二 障害児養育年金 予防接種を受けたことにより政令で定める程度の障害の状態にある18歳未満の者を養育する者
三 障害年金 予防接種を受けたことにより政令で定める程度の障害の状態にある18歳以上の者
四 死亡一時金 予防接種を受けたことにより死亡した者の政令で定める遺族
五 葬祭料 予防接種を受けたことにより死亡した者の葬祭を行う者

1 A類疾病に係る定期の予防接種等又はB類疾病に係る臨時の予防接種を受けたことによる疾病、障害又は死亡について行う前条第1項の規定による給付は、次の各号に掲げるとおりとし、それぞれ当該各号に定める者に対して行う。

一 医療費及び医療手当 予防接種を受けたことによる疾病について医療を受ける者
二 障害児養育年金 予防接種を受けたことにより政令で定める程度の障害の状態にある18歳未満の者を養育する者
三 障害年金 予防接種を受けたことにより政令で定める程度の障害の状態にある18歳以上の者
四 死亡一時金 予防接種を受けたことにより死亡した者の政令で定める遺族
五 葬祭料 予防接種を受けたことにより死亡した者の葬祭を行う者

第25条
(予防接種等に要する費用の支弁)
1 この法律の定めるところにより予防接種を行うために要する費用は、市町村の支弁とする。市町村が支弁する費用は、国が負担する。

2 給付に要する費用は、市町村の支弁とする。

1 この法律の定めるところにより予防接種を行うために要する費用は、市町村(第六条第一項の規定による予防接種については、都道府県又は市町村)の支弁とする。

2 給付に要する費用は、市町村の支弁とする。

第29条
(事務の区分)
1 第6条及び附則第7条第1項の規定により都道府県が処理することとされている事務並びに第6条第1項及び第3項、第15条第1項(附則第7条第2項の規定により適用する場合を含む。)、第18条(附則第7条第2項の規定により適用する場合を含む。)、第19条第1項(附則第7条第2項の規定により適用する場合を含む。)並びに附則第7条第1項の規定により市町村が処理することとされている事務は、地方自治法(昭和22年法律第67号)第2条第9項第1号に規定する第1号法定受託事務とする。 1 第6条の規定により都道府県が処理することとされている事務並びに同条第1項及び第3項、第15条第1項、第18条並びに第19条第1項の規定により市町村が処理することとされている事務は、地方自治法(昭和22年法律第67号)第2条第9項第1号に規定する第1号法定受託事務とする。
附則第7条
(新型コロナウイルス感染症に係る予防接種に関する特例)
1 厚生労働大臣は、新型コロナウイルス感染症(中略)のまん延予防上緊急の必要があると認めるときは、その対象者、その期日又は期間及び使用するワクチン(その有効性及び安全性に関する情報その他の情報に鑑み、厚生労働省令で定めるものに限る。)を指定して、都道府県知事を通じて市町村長に対し、臨時に予防接種を行うよう指示することができる。この場合において、都道府県知事は、当該都道府県の区域内で円滑に当該予防接種が行われるよう、当該市町村長に対し、必要な協力をするものとする。

2 前項の規定による予防接種は、第6条第1項の規定による予防接種とみなして、この法律(第26条及び第27条を除く。)の規定を適用する。この場合において、第13条第4項中「含む。)」とあるのは「含む。)又は同法第19条の2第1項の承認を受けているもの(当該承認を受けようとするものを含む。)が同条第3項の規定により選任したもの」と、第16条第1項中「A類疾病に係る定期の予防接種等又はB類疾病」とあるのは「新型コロナウイルス感染症(中略)」と、第25条第1項中「市町村(第6条第1項の規定による予防接種については、都道府県又は市町村)」とあるのは「市町村」とする。

3 前項の規定により読み替えて適用する第25条の規定により市町村が支弁する費用は、国が負担する。

4 第1項の規定による予防接種については、第2項の規定により適用する第8条又は第9条の規定は、新型コロナウイルス感染症のまん延の状況並びに当該感染症に係る予防接種の有効性及び安全性に関する情報その他の情報を踏まえ、政令で、当該規定ごとに対象者を指定して適用しないこととすることができる。

5 厚生労働大臣は、次に掲げる場合には、あらかじめ、厚生科学審議会の意見を聴かなければならない。
一 第1項の厚生労働省令を制定し、又は改廃しようとするとき。
二 第1項の規定による指示をしようとするとき。
三 前項の政令の制定又は改廃の立案をしようとするとき。

(新設)
附則第8条
(損失補償契約)
1 政府は、厚生労働大臣が新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの供給に関する契約を締結する当該感染症に係るワクチン製造販売業者(前条第2項の規定により読み替えて適用する第13条第4項に規定するワクチン製造販売業者をいう。)又はそれ以外の当該感染症に係るワクチンの開発若しくは製造に関係する者を相手方として、当該契約に係るワクチンを使用する予防接種による健康被害に係る損害を賠償することにより生ずる損失その他当該契約に係るワクチンの性質等を踏まえ国が補償することが必要な損失を政府が補償することを約する契約を締結することができる。 (新設)

改正予防接種施行令(政令)および同施行規則(省令)

予防接種法施行令
附則
(新型コロナウイルス感染症に係る予防接種に関する特例)
6 法附則第7条第2項の規定により適用する法第9条第1項の規定は、妊娠中の者に対しては、適用しない。

7 法附則第7条第2項の規定により適用する法第9条第2項の規定は、前項に規定する者の保護者に対しては、適用しない。

予防接種法施行規則
附則
法附則第7条第1項に規定する厚生労働省令で定めるワクチンは、コロナウイルス修飾ウリジンRNAワクチン(SARS-CoV-2)とする。

日本政府による調達計画

日本での治験と認可

3ワクチン論文の詳細なまとめ

この項では3ワクチン論文の詳細をまとめています.

重要な部分を,各要素に分けて整理します.

方法:治験の参加者

Pfizerワクチン Modernaワクチン AstraZenecaワクチン
年齢
  • 16-89歳(中央値52歳)
  • 55歳以上が42.3%
  • 18-95歳(平均値51.4歳)
  • 65歳以上が24.8%
  • 18歳以上
    • 最高齢,平均,中央値記載なし
  • 70歳以上が3.8%
背景
  • 基礎疾患ありが20.9%
    • HIV,B型肝炎,C型肝炎の各感染者を含む
  • 女性が48.9%
  • 白人が82.9%

など

  • 重症化リスクありが22.5%
  • 女性が47.4%
  • 白人が79.5%
  • 登録時スクリーニングでCOVID-19既感染が2.2%

など

  • 基礎疾患ありが約10%
  • 女性が約40%
  • 白人が約85%
  • 医療従事者が約80%

など
※4つの異質な治験の統合のため,サイト管理者による概算値

除外基準
  • 妊婦は除外
  • COVID-19既感染は除外
  • 免疫抑制状態は除外
  • 妊婦は除外
  • HIV,B型肝炎,C型肝炎の各感染者は除外

論文中には除外基準の明記なし

対象人数

Per protocol解析対象:

  • 実薬群 18,198人
  • プラセボ群 18,325人

Per protocol解析対象:

  • 実薬群 14,134人
  • プラセボ群 14,037人

効果の解析対象:

  • 実薬群 5,807人
  • プラセボ群 5,829人

実はAstraZenecaの論文は,それぞれ「COV001」「COV002」「COV003」「COV005」と名付けられた4つの異質な治験を,統合した結果を示しています.

このうち COV001 と COV005 は,安全性評価と用量決定が主目的の phase 1/2 です.そのためこれら2治験の参加者の結果は,有害事象の集計対象にはしていますが,効果の集計からは外されています.

COV002 と COV003 が phase 2/3 です.効果の集計にはこれら2治験の参加者の結果のみ反映されています.

方法:治験での投与法

Pfizerワクチン Modernaワクチン AstraZenecaワクチン
実薬
  • 含有量 30μg/0.3mL
  • 含有量 100μg/0.5mL

ベクターウイルス量

  • 低用量LD 2.2×1010
    • COV002での1回目
  • 標準量SD 5.0×1010
    • COV002での2回目及びCOV003
プラセボ
  • 生理食塩水
  • 生理食塩水
  • 効果解析対象のCOV002, 003では髄膜炎菌ワクチンACWY
  • 安全性解析対象のCOV001, 002, 003では髄膜炎菌ACWY,COV005では生理食塩水
接種スケジュール
  • 2回接種
  • 21日間隔
  • 2回接種
  • 28日間隔
  • 計画では2回接種・4週間隔
  • 実際にはCOV002で殆どが9週以上,半数が12週以上の間隔で,COV003では間隔が4-12週でばらついた
投与経路
  • 筋注(三角筋)
  • 筋注(三角筋)
  • 筋注(三角筋)

AstraZenecaの投与法がかなり複雑になってしまっています.理由は以下の事情によるものです.

「参加者」の項で説明したとおり,AstraZenecaでの効果を解析する治験は「COV002」と「COV003」の2つのみです.

論文によると,COV002で製造した実薬ロットを検定したところ,ベクターウイルス量が測定手法によって大きく異なる結果が出てしまったそうです.

※同一ロットを,分光光度法で測定した場合でベクターウイルス量 5.0×1010,定量PCR法で測定した場合で 2.2×1010

先に実施したCOV001において,分光光度法による測定で5.0×1010と安全用量を決定していたため,一貫性を保つためにCOV002の1回目投与ではこのロットを接種しました.

しかし,COV002の1回目投与後の副反応を観察したところ,想定しうるワクチン反応性症状(接種部位の腫脹や発熱など)の頻度が事前予想よりも低いことがわかりました.論文にはそれ以上の記載がありませんが,私の想像では,治験担当者は「1回目ロットのベクターウイルス含有量が予定よりも少なかったかも…」と考えたかもしれません.

さらに論文によると,分光光度法によるウイルス量測定において,実薬に含まれる添加剤が分光光度測定に干渉することが判明したそうです.つまり分光光度法ではウイルス量を正確に測定できないことがわかったのです.

1回目ロットのベクターウイルス量が少ない可能性がある上に,当初計画の検定法では本当に少ないかどうかすら正確に測定できないことがわかった訳ですから,治験担当者達は相当頭を抱えたのではないかと私は想像しています.

論文によると,治験担当者は監視当局と協議して許可を得た上で,COV002で使用するロットの検定を定量PCR法測定で行うよう,中途で治験プロトコルを変更したそうです.定量PCR法で5.0×1010と測定されたロットに中途から切り替えることになったため,COV002の実薬群参加者の一部は結果的に,1回目に2.2×1010含有の実薬を,2回目には5.0×1010含有の実薬を,それぞれ接種することになったのです.

※論文では2.2×1010含有の実薬を「low dose, LD」と呼び,5.0×1010含有の実薬を「standard dose, SD」と呼んでいます.

また,一連の中間検証,監視当局との協議やプロトコル変更に時間を要したため,COV002の2回目接種は当初計画の4週間を大きく超えてしまいました.

1回目のLD投与群に対する2回目としてのSD投与は,殆ど(99%超)の対象者が9週間以上の間隔で,うち半数以上(52%超)は12週以上という大幅遅延の接種間隔となっています.

一方で,COV002の中でも遅い時期=SDロットが確立された後に登録した参加者は,1回目でもSDを投与されました.2回目投与も,早期登録参加者よりは短い間隔で接種されています.

(※本当は上記事情に加えて,COV002の若年参加者(55歳以下)を早期に登録した上で当初は1回のみの接種スケジュールだったところLDが判明したためブースター目的に2回目接種を急遽加えるよう変更したとか,同じCOV002でも高齢参加者(56歳以上)は遅くに登録した上で当初から2回接種スケジュールの計画だったとか,ややこしすぎる事情もあります)

なお,COV003はSDロットが確立された後で登録が始まったようです.そのためCOV003参加者の実薬群は全員が1回目からSD投与ですし,参加者の60%超は2回目を6週間以内に接種しています.

このとおりAstraZenecaワクチンは,ロット検定法の不備により,中途変更を含むあまりに複雑な治験構造となってしまいました.治験としてそれはどうなんだと正直疑問ですが,新型コロナのワクチン開発は超緊急課題ですから,特別に許されたのかもしれません….

AstraZenecaワクチンはそれらの点を割り引いて評価する必要があると,私は考えています.

方法:効果(エンドポイント)と有害事象の検証方法

以下の表ではすべて「実薬群ではプラセボ群に比べて」を省略しています

Pfizerワクチン Modernaワクチン AstraZenecaワクチン
一次エンドポイント
  • 2回目接種の7日後以降の時点で,COVIDの既往がない者での,COVIDの発症が減少するか?
  • 2回目接種の14日後以降の時点で,COVIDの既往がない者での,COVIDの発症が減少するか?
  • COVIDの発症が減少するか?
    • Methods欄には接種回数及び接種後期間の明記はないが,Resultsを読むと「2回目接種の14日後以降」のCOVID発症を評価していることがわかる
二次エンドポイント
  • 各接種後の時期を問わず,COVIDの重症化が減少する,又は増加するか?
  • COVIDの重症化が減少する,又は増加するか?
    • Methods欄には観察時期の言及はないが,Resultsを読むと「2回目接種の14日後以降」の重症COVIDを評価していることがわかる
  • Methods欄には明記なし
    • ただしCOV002参加者には,無症状COVIDを検出するために,鼻咽頭拭い液を1回目接種後から毎週自己採取して検査センターに郵送するよう求めたことから,無症状COVIDの減少が実質的な二次エンドポイント(の1つ)と解釈できる
予想される有害事象
  • 各接種後の7日以内に,事前予想されるワクチン反応性症状が増加するか?
  • 各接種後の7日以内に,事前予想されるワクチン反応性症状が増加するか?
  • 参加者に24時間対応の電話番号を知らせ,いかなる症状(COVID様又は有害事象問わず)の出現時にもコールするよう求めた
    • 追跡予定期間の明記なし
その他の有害事象
  • 2回目接種の1ヶ月以内に,反応性症状以外の有害事象が増加するか?
  • 2回目接種の6ヶ月以内に,反応性症状以外の重篤な有害事象が増加するか?
  • 2回目接種の28日以内に,反応性症状以外の有害事象が増加するか?
  • 1回目接種の759日(2年1ヶ月)以内に,反応性症状以外の重篤な有害事象が増加するか?
  • 治験からの脱落につながる有害事象が増加するか?

結果:効果 vaccine efficacy

いよいよ結果,vaccine efficacy, VE です.

下表において「平均追跡期間」はいずれも論文中にはありません.論文中に記載された人年/人日と解析対象人数/at risk人数から,私が逆算したものです.

どのワクチンも「2回目の7/14日後以降」という極めて短期間でエンドポイントを見ているため,予防効果がどれぐらいの期間続くのか予想できません.せめて2回目接種からCOVID発症までの平均追跡期間を見ることで,「60%や95%というVEが保たれるのは平均で少なくともどのぐらいの期間か」を考えることができます.

もちろん,3論文ともKaplan-Meier法による累積発症グラフを掲載しており,そちらの方が視覚的にわかりやすいです.是非ご参照ください.著作権の関係でグラフを本ページに転載することができないため,代わりに平均追跡期間を計算した次第です.参考程度にお考えください.

なお,AstraZenecaワクチンのVEの解釈については,表の後に追加コメントがあります.

Pfizerワクチン Modernaワクチン AstraZenecaワクチン
一次エンドポイント

2回目7日後以降のCOVID発症

実薬群 プラセボ群
8人
2,214人年
162人
2,222人年
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
95.0% (90.3-97.6)
実薬群 at risk 人口 プラセボ群 at risk 人口
17,411人
平均追跡期間 46.4日
17,511人
平均追跡期間 46.3日

2回目14日後以降のCOVID発症

実薬群 プラセボ群
3.3人
1,000人年
56.5人
1,000人年
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
94.1% (89.3-96.8)
実薬群解析対象 プラセボ群解析対象
14,134人
平均追跡期間 86.1日
14,073人
平均追跡期間 84.9日

2回目14日後以降のCOVID発症

  • LD→SD投与群
    (COV002の一部)
実薬LD→SD群 プラセボ群
3人
1,367人
30人
1,374人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
90.0% (67.4-97.0)
実薬群人日 プラセボ群人日
73,313人日
平均追跡期間 53.6日
72,949人日
平均追跡期間 53.1日
  • SD→SD投与群
    (COV002の一部+COV003)
実薬SD→SD群 プラセボ群
27人
4,440人
71人
4,455人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
62.1% (41.0-75.7)
実薬群人日 プラセボ群人日
174,986人日
平均追跡期間 39.4日
174,279人日
平均追跡期間 39.1日
  • LD/SD問わず全集計
実薬群すべて プラセボ群
30人
5,807人
101人
5,829人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
70.4% (54.8-80.6)
実薬群人日 プラセボ群人日
248,299人日
平均追跡期間 42.8日
247,228人日
平均追跡期間 42.4日

2回目14日後以降の無症候COVID感染

実薬群 プラセボ群
29人
3,288人
40人
3,350人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
27.3% (-17.2-54.9)
※統計学的有意差なし
実薬群人日 プラセボ群人日
151,673人日
平均追跡期間 46.1日
152,138人日
平均追跡期間 45.4日
二次エンドポイント

接種後時期を問わない重症COVIDの減少又は増加

実薬群 プラセボ群
1人
4,021人年
9人
4,006人年
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
88.9% (20.1-99.7)
実薬群at risk人口 プラセボ群at risk人口
21,314人
平均追跡期間 68.9日
21,259人
平均追跡期間 68.8日

2回目14日後以降の重症COVIDの減少又は増加

実薬群 プラセボ群
0人
14,073人
30人
14,073人
Vaccine Efficacy (95%信頼区間)
100% (算出不能-100)

AstraZenecaワクチンのVEの解釈

AstraZenecaワクチンの「LD→SD投与群」の VE が90.0%であることにはちょっと注意が必要です.
95%信頼区間の下限は 0 よりも上(67.4%)なので統計学的有意差は危険率5%で検出されているのですが,SD→SD投与群の VE 62.1% に比べてずいぶん乖離があります.

この点には,治験担当者自身が discussion で下記のようにコメントしています.

there is a possibility that chance might play a part in such divergent results

(「こうした結果の不一致には,偶然が寄与している可能性がある」)

「偶然」?

ややこしいのですが,統計学的有意差は検出されているので,「LD/SD群がプラセボに比べて予防効果がある」ことは確かでしょう.
でも,「SD/SD群が60%台なのにLD/SD群は90%台というのは何だか不思議だね納得しにくいね」ということを治験担当者たちは考えたようです.
つまり,「有意差はあっても90%という見かけの数字は大きすぎ=偶然に良い数字になっちゃったのかもね」と治験担当者が考えているということです.

偶然に良い数字なのだとしたら,神のみぞ知る真の VE は何%ぐらい?
それは神にしかわからないのですが,それを推測する材料が95%信頼区間と,「元々意図していた投与量」であるSD→SD群での結果です.

95%信頼区間の下限が67.4%ということは,真の VE が 67.4% かもしれないし 70% かもしれないし,80%かもしれません.「元々意図していた投与量」であるSD→SD群での VE が 62.1% だったんですから,LD→SD群の真の値も低めに見積もった方が無難かもしれません.

治験担当者が「偶然」と書いたのはそういう意味合いだと理解していいでしょう.


それでもLD→SD群の90%が真の値に近いかもしれないなら,SD→SD群より良い結果になった理由の推測は?
この先は私の“妄想”レベルですのでご参考までに.

ひとつ想像できるのは,LD→SD群の接種間隔です.当初4週間を計画していたのが,ワクチンロット検定不具合から大幅に接種間隔が延びてしまいました.半数以上の参加者が12週以上(3ヶ月以上)の接種間隔であり,SD→SD群より長くなりました.この接種間隔の長さが,より良いブースター効果を生んだのかもしれません.

体内で増殖した病原体抗原(ワクチン由来も含む)は複雑な免疫応答を惹き起こしますが,中心になるのはB細胞の活性化とそれに続く形質細胞およびメモリーB細胞への分化です.各所のリンパ節や脾臓にある胚中心(germinal center)で一連のB細胞の分化と親和性成熟が進んで十分量の特異抗体が産生されるようになるまでに,およそ4週間かかるとされています.

(※詳しくは免疫学の教科書をご参照ください.あるいは成書 Plotkin's Vaccines 7th ed. の Section 1 > 2 Vaccine Immunology > Vaccine Antibody Responses のチャプターにも詳しく書かれています.こちらのYouTube動画も美しいアニメーションでまとまっています

初回接種から4週間かけてB細胞が活性化→分化しますが,分化してできた形質細胞は寿命が短いため,分泌される抗体量はいったんゼロ近くまで減少してしまいます.その後に再び病原体抗原にさらされる機会があれば---ワクチンであれば2回目を接種すれば,メモリーB細胞が7日以内という短期間に一気に形質細胞に分化し,低下していた抗体分泌を再び活発にします.再刺激された抗体産生は初回接種よりも多くかつ長く保たれます.
これがワクチンのブースター効果です.

ただし,胚中心で開始されたB細胞の親和性成熟のプロセスは,胚中心が数週後に消失した後も,数ヶ月間は持続するとされています.ということは,初回接種から時間が経てば経つほど,B細胞は病原体抗原に対してより強い親和性を獲得=抗原によりフィットする抗体が産生できるようになります.よって,初回からブースター接種までの時間がより長くなれば,より効果の高い抗体をメモリーB細胞→形質細胞が大量生産してくれることになります.

LD→SD群がSD→SD群よりも本当に VE が高かったのであれば,「接種間隔が延びてしまったことがB細胞の親和性成熟をより促し,結果的に免疫がより強くなった」が理由かもしれません.

もうひとつ想像するなら,初回接種の抗原量が少なかったことにも理由があるかもしれません.
一般に初回接種の抗原量を少なめにすると,胚中心でのB細胞(の分化過程である中心細胞)の濾胞樹状細胞に対する競合がより強くはたらき,親和性B細胞がより強く選択されることもあると考えられています.それは結果的にブースター接種での抗体産生を高くします.

さらに,AstraZenecaワクチンがウイルスベクターワクチンであることにも想像が及びます.
チンパンジーアデノウイルスをベクターとして利用していますが,ベクターウイルス粒子そのものへの免疫が惹起されたとしても不思議ではありません.すると,初回ウイルス量が少ない方がベクターウイルスへの免疫が相対的に弱く獲得され,2回目接種でのベクターウイルスへの攻撃も相対的に弱くなり,その結果より多くのSARS-CoV-2遺伝子がヒト細胞に導入されて抗原産生が2回目接種で相対的に増えたのかもしれません.

以上,どれも私の“妄想”レベルですから,「見てきたようなウソを言い」程度に読み流してください.

結果:有害事象

PfizerとModernaを比較すると,Modernaの方がワクチン反応性症状がかなり多く出ている傾向があります.

しかし,被験者からの報告方法,症状の登録方法などが両治験で同一ではないため,集計上の見かけの数字に差があるのは自然なことです.

また,mRNAとしての抗原量はPfizerで1回あたり30μg,Modernaで100μgとなっています.両者の抗原の分子量の測定法の差異までは私は確認できていないのですが,数字を額面どおり受け取るならばModernaの方が抗原量が多い可能性があります.もしそうならば,ワクチン反応性症状がModernaで多くなった理由になるかもしれません.

いずれにせよ,両者の違いの詳細については,プロトコル論文やphase 1論文を別途精読する必要があります.

Pfizerワクチン Modernaワクチン AstraZenecaワクチン
予想される有害事象

各接種7日後以内のワクチン反応性症状

実薬群% プラセボ群%
接種部疼痛 66-83 8-14
発赤 5-7 1
腫脹 6-7 0-1
腋窩腫脹 調査せず
発熱 1-16 0-1
倦怠感 34-59 17-33
頭痛 25-52 14-34
悪寒 6-35 3-6
嘔吐 0-2 0-1
下痢 8-11 6-12
筋肉痛 14-37 5-11
関節痛 9-22 4-6
解熱剤使用 20-45 10-14

各接種7日後以内のワクチン反応性症状

実薬群% プラセボ群%
接種部疼痛 83.4-88.2 17.0-17.5
発赤 2.8-8.6 0.4
腫脹 6.1-12.2 0.3
腋窩腫脹 10.2-14.2 3.9-4.8
発熱 0.8-15.5 0.3
倦怠感 37.2-65.3 23.4-27.3
頭痛 32.7-58.6 23.4-26.6
悪寒 8.3-44.2 5.6-5.8
嘔気嘔吐 8.3-19.0 6.4-7.1
下痢 調査せず
筋肉痛 22.7-58.0 12.4-13.7
関節痛 16.6-42.8 10.8-11.8
解熱剤使用 調査せず

治験進行中のいかなる症状も自発的に報告

実薬群 プラセボ群
重篤有害事象 79人・84件 89人・91件
死亡 1人 3人
  • 重篤有害事象の内訳は実薬群とプラセボ群のいずれにも明らかな偏りはない
  • 実薬群2回目接種の14日後に発生した横断性脊髄炎1件は,独立委員会が特発性idiopathicと判断したため,治験担当者はワクチンとの関連している可能性があると判断
  • 死亡計4人の死因は,交通事故,鈍的傷害,殺人,真菌性肺炎
その他の有害事象

2回目1ヶ月以内の有害事象・6ヶ月以内の重篤有害事象

実薬群
人 (%)
プラセボ群
人 (%)
重篤serious有害事象 126 (0.6) 111 (0.5)
└うち重症severe 71 (0.3) 68 (0.3)
└うち致命的 21 (0.1) 23 (0.1)
└うち関連あり 4 (0.0) 0
脱落に至った有害事象 37 (0.2) 30 (0.1)
└うち重症severe 13 (0.1) 9 (0.0)
└うち致命的 3 (0.0) 6 (0.0)
└うち関連あり 16 (0.1) 9 (0.0)
死亡 2 (0.0) 4 (0.0)
  • 論文では2回目接種後約14週までの有害事象を観察
  • 実薬群死亡の死因は,動脈硬化(※詳細不明),心停止
  • プラセボ群死亡の死因は,死因不詳×2,脳出血,心筋梗塞

2回目28日以内の有害事象

実薬群
人 (%)
プラセボ群
人 (%)
関連を問わない有害事象 3632 (23.9) 3277 (21.6)
└うち受診あり 1372 (9.0) 1465 (9.7)
└うち重症severe 234 (1.5) 202 (1.3)
└うち重篤serious 93 (0.6) 89 (0.6)
└うち死亡 3 (<0.1) 2 (<0.1)
└うち脱落 50 (0.3) 80 (0.5)
関連ある有害事象 1242 (8.2) 686 (4.5)
└うち受診あり 140 (0.9) 83 (0.5)
└うち重症severe 71 (0.5) 28 (0.2)
└うち重篤serious 6 (<0.1) 4 (<0.1)
└うち死亡 0 0
└うち脱落 18 (0.1) 15 (<0.1)
  • 実薬群死亡の死因は,心肺停止,自殺
  • プラセボ群死亡の死因は,腹腔内穿孔,心肺停止,慢性リンパ性白血病参加者での重症全身性炎症症候群

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