新型コロナワクチンまとめ(医療従事者向け)
目次
おことわり
本ページは,新型コロナワクチンについての医療従事者向けのまとめです.
内容は2021年1月10日時点でサイト管理者が得ている情報に基づいています.
重要な情報更新があった場合はページ内容も更新するよう努力しますが,すべての情報をリアルタイムには網羅できていないことをご承知おきください.
また,一般の方の閲覧をお断りするものではありませんが,医療従事者以外には難解な箇所もありますのでご了承ください.
なお,個人のワクチン接種の是非を含めて,ご自身の健康に関わる疑問等については,かならず主治医,かかりつけの医師,保健所等にご相談ください.
要点と個人的見解
開発が進む新型コロナワクチン
2020年1月10日に中国当局が新型コロナウイルス発見とその遺伝子配列を公表したその日から(※),この新興病原体に対するワクチン開発競争が始まりました.
- (※)Pfizer-BiONTechのphase 3論文には,実際に「1月10日から開発に着手した」と書かれてあります.
日本を含む世界中の研究機関や製薬会社,バイオベンチャー企業がしのぎを削って開発を進めている様子は,下記のサイト等で随時更新されています.
※サイトごとにまとめ方が異なるため,開発段階ごとのワクチン数はそれぞれ異なります.
日本で接種される可能性が高い3ワクチン
輸入契約が結ばれている等の理由で日本で接種される可能性が高い,かつ既に開発国で認可済み(緊急使用承認含む)のワクチンは,下記の3ワクチンです.
開発元 | 開発拠点国 | 開発コード名 |
---|---|---|
|
米国 | BNT162b2 |
|
米国 | mRNA-1273 |
|
英国 | AZD1222 |
本ページでは,2021年1月10日時点の情報を基に,上記3ワクチンについてまとめています.
以下,3ワクチンを次のように呼ぶことにします.
- Pfizerワクチン
- Modernaワクチン
- AstraZenecaワクチン
米国と英国では既に認可済み
3ワクチンは開発拠点国の米国と英国で既に使用認可が下り,医療従事者をはじめとして市中での接種が始まっています.
ワクチン | 米国での認可 | 英国での認可 |
---|---|---|
Pfizerワクチン | 2020年12月11日 緊急使用認可(同23日改訂) | 2020年12月2日 通常認可 |
Modernaワクチン | 2020年12月18日 緊急使用認可 | 2021年1月8日 通常認可 |
AstraZenecaワクチン | (未認可) | 2020年12月30日 通常認可 |
ワクチンの効果「vaccine efficacy」とは,「接種しなかったので感染した人数」から「接種したけど感染した人数」への「割引率」
本題に入る前に,ワクチンの「効果」を知っておきましょう.
「このワクチンを接種すると95%の予防効果がある」とは具体的にどういう意味なのか?
ワクチン学では,ワクチンの効果を「vaccine efficacy, VE」と呼びます.
私の知る限り定まった日本語訳はないようです.直訳すれば「ワクチン効果」ですが,あまり見かけない表現ですね.
私は英略称のまま「VE」と呼んでいます.
Vaccine efficacy, VEの単位は「%(パーセント)」です.
EBMを学んだ方向けの表現をすれば,こういうことです.
何のことはない,相対リスク減少 RRRのことなんですね.
ワクチンの効果 vaccine efficacy (VE)
=接種群のプラセボ群に対する相対リスク減少(%) |
噛み砕いて言えば,こうですね.
ワクチンの効果 vaccine efficacy (VE) とは, 「接種しなかったので感染した人数」から |
例として,新しいワクチンの治験に未感染者20,000人が参加し,10,000人が実薬群,10,000人がプラセボ群に割り付けられたとします.
割付 | 割付人数 |
---|---|
実薬群 | 10,000 |
プラセボ群 | 10,000 |
接種後に一定期間観察したところ,実薬群では5人が感染したのに対し,プラセボ群では100人が感染しました.
割付 | 割付人数 | 感染者数 | 感染率 |
---|---|---|---|
実薬群 | 10,000 | 5 | 5/10,000=0.05% |
プラセボ群 | 10,000 | 100 | 100/10,000=1.00% |
実薬群の感染率 5/10,000=0.05% は,プラセボ群の感染率 100/10,000=1.00% に比べて,95%の減少,つまり「95%割引」です.
割付 | 割付人数 | 感染者数 | 感染率 | 感染率の減少度合い=割引率 |
---|---|---|---|---|
実薬群 | 10,000 | 5 | 5/10,000=0.05% | (1.00 - 0.05)÷1.00 =0.95 (95%) |
プラセボ群 | 10,000 | 100 | 100/10,000=1.00% |
この「95%」が,ワクチンの効果 vaccine efficacy, VEなんですね.
ワクチンを接種することで「感染リスクが95%割り引かれる」と言うこともできます.割引率95%の超お値打ち品ということです.
3ワクチンの製法について
3ワクチンのうち,PfizerワクチンとModernaワクチンは「mRNAワクチン(メッセンジャーRNAワクチン)」です.
残るAstraZenecaワクチンは「ウイルスベクターワクチン」です.
ワクチン | 製法 |
---|---|
Pfizerワクチン Modernaワクチン |
mRNAワクチン |
AstraZenecaワクチン | ウイルスベクターワクチン |
mRNAワクチンはヒトでの実用化が史上初,ウイルスベクターワクチンはヒト実用化が史上2例目という,どちらも最先端の製法と言えます.
名前だけでは何のことかわかりませんね.
簡単に説明しましょう.
mRNAワクチンとは
ヒトの細胞が生命活動をする際に,自分が持つ遺伝子(化学的にはDNAの分子)から必要な部分を読み取ってタンパク(タンパク質)を合成することは,よく知られています.
遺伝子DNAを読み取る際には,DNAの二重らせん鎖をいったんほどき,読み取り部分のDNA配列にマッチするようなRNAを作ります.
このRNAを「メッセンジャーRNA,mRNA」と呼ぶのでした.
メッセンジャーRNA,mRNAは細胞核の中で作られ,完成後は細胞核の外=細胞質の中に出されます.
細胞質の中には大量のアミノ酸があり,mRNA配列に対応したアミノ酸がリボソームと転移RNAのはたらきで次々に結合することで,目的のタンパクが作られるという仕組みです.
- ※ここまでの一連のプロセスを美しいCGで解説した動画がYouTubeで公開されています.是非ご覧ください.
つまり,ヒトの細胞は,mRNAがあればタンパクを作ることができるのです.
これを利用したのがmRNAワクチンです.
ヒトの免疫が病原体に応答して記憶するときには,その病原体特有のタンパクを記憶します.
ということは,ヒトの免疫が応答しやすい病原体タンパクを選んで,それをヒトの体に入れれば,免疫が付きます.
しかし病原体タンパクを人工合成するのは簡単ではありません.
一方で,遺伝子工学の進歩により,RNAを人工合成することは非常に容易になりました.
病原体タンパクを作るようなmRNAを人工的に合成して,ヒトの体に入れれば,ヒトの細胞がmRNAに基づいて病原体タンパクをどんどん作ってくれます.
作られた病原体タンパクは,単なるタンパクであって病原体そのものではありませんので,ヒトに感染症を起こすことは決してありません.
しかしその病原体タンパクにヒトの免疫が反応することで,病原体に対する免疫を付けることができます.
これがmRNAワクチンの原理です.
「病原体のタンパクをヒト自身に作らせる」というのが,古典的なワクチンとは全く異なる新しい技術なんですね.
なお参考までに古典的なワクチンに比喩するなら,病原体タンパクだけが体内で増えるという点,接種する物質もmRNAという「自己増殖機能を持たない分子」である点で,不活化ワクチンに似ていると言えるでしょう.言い換えれば,生ワクチンとは決定的に違います.
mRNAワクチンの専門的な解説については,下記の総説論文がわかりやすいです.
Pardi, N., Hogan, M., Porter, F. et al. mRNA vaccines — a new era in vaccinology. Nat Rev Drug Discov 17, 261–279 (2018). https://doi.org/10.1038/nrd.2017.243 |
ウイルスベクターワクチンとは
ウイルスベクターワクチン viral vector vaccine は,日本の行政文書では「組換えウイルスワクチン」と呼ばれることもあります.
上記のとおり,病原体タンパクを作るmRNAをヒトの体内に入れるのがmRNAワクチンです.
それに対して,病原体タンパクを作る遺伝子を,他の無関係なウイルスの遺伝子の中に組み込んで(無関係ウイルスの遺伝子を組み換えて),組み換え遺伝子を持つ無関係ウイルスをヒトの体内に入れるのが,ウイルスベクターワクチンです.
無関係ウイルスは遺伝子を運ぶだけの役割であり,「ベクター vector」と呼ばれます.
ベクターは「媒介体」と訳されることもありますが,病原体を生物から生物へとうつす(媒介する)虫などのこともベクターと呼びますね.例えば日本脳炎やデング熱を媒介する蚊やツツガムシ病やSFTSを媒介するマダニはベクターです.
どんなウイルスも,生物の細胞の中に入ると自分が持つ遺伝子を細胞の中に出して,生物の細胞が持つアミノ酸や塩基をフル活用し,自分と同じ遺伝子とタンパクを複製する性質を持っています.
ベクターウイルスもヒトの体内で細胞内に入り,自分が持つ遺伝子によってタンパクを作るわけですが,病原体の遺伝子がそこに組み込まれているためにヒト細胞は病原体タンパクをせっせと作ることになります.
つまり,ベクターウイルスがヒト細胞に入って組み換え遺伝子を細胞内に出した時点で,mRNAワクチンと同じことが起きるのです.
これがウイルスベクターワクチンの仕組みです.
病原体タンパクをヒト細胞に作らせるために,mRNAを直接入れるのがmRNAワクチンですが,遺伝子をベクターウイルスに運んでもらうのがウイルスベクターワクチン,という違いですね.
なお,ベクターウイルスは“生きた”ウイルスとしてヒト体内に入るため,元のウイルス自体に病原性があっては困ります.当然のこととして,ヒトには一切病気を起こさないウイルスだけがベクターウイルスとして選ばれます.
ヒト用ワクチンとしては,エボラウイルスに対して実用化された「rVSV-ZEBOV vaccine」が最初です(※エボラワクチンの経緯は後述).
なおに古典的なワクチンに比喩するのは,ちょっと難しいです.“生きた”ウイルスを接種するという点では生ワクチンのようにも思えますが,今回のAstraZenecaワクチンでは自己複製機能つまり増殖機能を欠失させた「チンパンジー・アデノウイルス」を使っているため,厳密には“生きた”ウイルスとは言えません.組み換え遺伝子をヒト細胞へ運ぶベクターとしての役割のみに注目すれば,mRNAワクチンと同じく不活化ワクチン的な要素が強いと言えるかもしれません.つまり,古典的なワクチンに喩えるのは難しいですね.
ベクターウイルスワクチンの専門的な解説には,下記の総説をご参照ください.
Ewer KJ, Lambe T, Rollier CS, et al. Viral vectors as vaccine platforms: from immunogenicity to impact, Current Opinion in Immunology, 41, 47-54(2016). https://doi.org/10.1016/j.coi.2016.05.014. |
その他の新型コロナワクチン候補の製法
今回実用化された3ワクチンの製法は2種類ですが,他にも様々な製法の新型コロナワクチンが開発中です.
それらの製法については,WHOの資料や日経バイオテクの記事,GAVIによるCG動画などに簡潔にまとまっていますので,ご参照ください.
3ワクチンの治験 phase 3 論文と,そのインパクト
中国・武漢市で最初の患者が2019年12月に発見されてからわずか1年後の2020年12月,3ワクチンの治験 phase 3 の結果を報告する論文が peer-reviewed journal に掲載されました.
私の率直な感想を述べると,「病原体発見からわずか11ヶ月で(※)有望そうな3つもワクチンが登場するとは,予想を遙かに超えていた」です.
- (※病原体発見は2020年1月で,どのワクチンも2020年11月までの結果を集計しています)
ワクチン開発は,古典的な製法による過去の実績では,数年から10年以上かかるのが一般的でした.
新興病原体に対する新規ワクチンは,病原体が登場するたびに開発は開始されるものの,最近50年以内に登場したおよそ40種の新興病原体のうち実際にヒトで実用化されたワクチンは,前述のエボラワクチンのみです.
- (※新型インフルエンザワクチンは,元々技術が確立されている季節性インフルエンザワクチンを応用する形なので,新興病原体への完全な新規ワクチンとはやや事情が異なります)
エボラワクチンは治験でのヒト投与から効果確認まででも5年かかりました.
それが,新型コロナではゼロからのスタートからたったの1年で先進国2ヶ国が承認するところまでこぎつけました.しかもヒト実用化が初めてのmRNAワクチンが2つも含まれています.
長期的な効果や未発見の副反応など課題は山積みですが,mRNAワクチンであれウイルスベクターワクチンであれ今回で実績が定まれば,再び新興病原体が登場しても遺伝子工学によって速やかにワクチンを新規開発することができます.
新型コロナだけでなく未知の新興病原体への対策にも希望を切り拓いたという点で,ワクチン史に残る出来事だと言えるでしょう.
【閑話】
エボラウイルスの発見が1976年,ワクチン開発が動物実験レベルで始まったのは2005年でした.前述のとおりウイルスベクターワクチンで,rVSV-ZEBOVワクチンと呼ばれました.
これが緊急治験の形でヒトに本格的に投与されたのは,2014年をピークに西アフリカで大流行した際が初めてでした.しかし致死率が50%を超える病原体であることから倫理的理由によりプラセボ群を設定せず,実薬群のsingle armのみの治験でした.それゆえに,治験結果は疑問視されました.
次の2018年のコンゴ民主共和国での大流行では,効果が疑問視されたままのエボラワクチンを人道的使用 compassionate use として投与しています.この使用実績を2019年に解析したところ,接種者のエボラ発症が未接種者に比べて97.5%抑えられていた(VEが97.5%だった)ことが判明し,ようやく効果が実証されました.
それを踏まえ,WHOは2019年,rVSV-ZEBOVに事前認証 prequalification を与えました.WHOによる事前認証とは,薬剤や医療機器等を自国で検証することが困難な国・地域向けにその品質や安全性を国際機関として担保する制度のことで,“WHOによるお墨付き”に相当します.そこに至るまでヒト治験開始の2014年から数えても5年,動物実験レベルからは14年,病原体発見からは43年が経過しています.
【閑話休題】
3ワクチン論文のかんたんまとめ
では本題です.
ここでは3ワクチン論文の主要なところを整理します.
より詳細なまとめはこのページの末尾にあります(←クリック!).興味のある方はご参照ください.
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |
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参加者 |
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投与法 |
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COVID発症の予防効果 |
2回目接種7日後以降のCOVID発症
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2回目接種14日後以降のCOVID発症
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2回目接種14日後以降のCOVID発症
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重症COVIDの予防効果 |
接種後時期を問わない重症COVID
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2回目接種14日後以降の重症COVID
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有害事象 |
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一見してわかるとおり,mRNAワクチンであるPfizerワクチンとModernaワクチンは,非常に似通った結果となっています.かつ,2回目接種直後(7日or14日後以降)のCOVID発症予防について,vaccine efficacy, VE は95%前後と極めて優れた結果を示しました.加えて,重症COVIDについても約90%超の VE を示し,少なくとも治験期間中の観察においては,抗体依存性免疫増強 ADE(※)の懸念を跳ね返しました.
- (※)抗体依存性免疫増強 ADE については後述
AstraZenecaワクチンも,投与量が異なる実薬2群で約90%または70%と高い VE を示しました.
ただし,投与量が異なっていることについては,かなり複雑な背景があります.詳しくは下記の「方法:治験での投与法」をご参照ください.
そして,有害事象については,3ワクチンとも「ワクチンとして当然予想される,接種部位疼痛や発熱などの反応性症状」が実薬群で多く観察されたのみで,ワクチン関連が疑われて注意を要する重篤有害事象はほぼありませんでした(※).
- (※)AstraZenecaワクチンでは実薬との関連が現時点では否定できない横断性脊髄炎の報告が1例あり,さらなる検証が待たれます.
一言で言えば,「効果が期待できて,重篤または接種をためらう有害事象が観察されないワクチンを,よくぞこの短期間で3種も実用化までこぎつけたものだ」と感嘆するレベルです.
認可後に米国CDCが発表したPfizerワクチンでのアナフィラキシー反応
ここで,治験ではなく,米国での緊急使用認可後の市中接種で初めて報告されたアナフィラキシー反応を見ておきましょう.
米国では2020年12月11日(金)にPfizerワクチンの緊急使用認可が出され,週明け14日から全米各地で急速に接種が始まりました.治験参加者よりも遥かに多い人数が短期間で接種を受けたため,アナフィラキシー反応の報告も相次ぎました.
それを受け,2020年12月14日-23日の10日間に報告されたアナフィラキシー反応について,米国CDCが2021年1月6日に以下のとおり発表しました.
- VAERS(※米国のワクチン接種後有害事象集計システム)に2020/12/14-/23の間に,Pfizerワクチン接種後のアナフィラキシー反応が,計21例報告された
- この間に同ワクチンは 1,893,360 本接種された(全員が1回目接種)
- アナフィラキシー反応の発生頻度は100万接種当たり11.1件である
- 21例中15例は接種後15分以内に発生した;時間経過の中央値は13分,範囲は2-150分だった
- 21例中17例はアレルギーの既往があった;さらにうち7例はアナフィラキシー反応の既往があった
- 診療録が確認できた20例全員が快復し帰宅できた
同じ米国での不活化インフルエンザワクチンによるアナフィラキシー反応は,米国CDCの報告によると100万接種当たり1.41件とされています.
したがって,見かけの数字としてはPfizerワクチンは不活化インフルエンザワクチンよりアナフィラキシー反応を起こしやすい可能性があります.
ただし,Pfizerワクチンは新登場のワクチンであるため,接種担当者が他のワクチンよりも注意深く観察したりより多くVAERSに報告している可能性が否定できません.
また,「まだ」180万件程度の実績から判断しているため,今後1,000万件や1億件接種されれば,アナフィラキシーの報告数が変動する可能性も残されています.もちろん,11.1/100万よりも大きな数字になるかもしれません.
アナフィラキシー反応の発生頻度については,引き続き注意深く情報収集する必要があります.
なお,アナフィラキシー反応はワクチンに限らずありとあらゆる薬剤投与で付きまとう副作用です.すべての医師・医療職が,常にいかなる薬剤においてもアナフィラキシーに備えているべきです. :ちなみに私は研修医時代に,ナウゼリン座薬を処方した患者が診察室脇のトイレですぐに挿肛した途端にアナフィラキシーショックを起こされた経験があります.
今回の3ワクチンだけで過度にアナフィラキシーをおそれるのは控えるべきでしょう.
3ワクチン論文からわかること,わからないこと
3ワクチン論文から効果と有害事象を読み取ることができますが,論文から「わかること」と「わからないこと」を改めて整理すると,下記のとおりです.
判明した結果ばかりに目を奪われず,「まだわからないこと」をしっかり認識することが重要です.
論文からわかること
- PfizerとModernaのmRNAワクチンでは,2回目接種の7日or14日後以降の時点で,COVIDの発症(症状が出てから検査・診断されるCOVID)が,約95%の VE で予防できる.
- AstraZenecaのウイルスベクターワクチンでは,2回目接種の14日後以降の時点で,COVIDの発症,約70-90%の VE で予防できる.
- 3ワクチンともに,ワクチンとして当然予想される接種部位疼痛や発熱などの反応性症状はプラセボよりも多く観察されたが,明らかにワクチンが原因と思われる重篤な有害事象は治験期間中には観察されなかった.
CDC報告からわかること
- Pfizerワクチンは180万件接種された時点で,100万接種当たり11.1件のアナフィラキシー反応が生じた
まだわからないこと
- 3ワクチンとも,2回目接種から長期間経過後(例えば半年後,1年後,5年後など)でも予防効果が続くのか,いずれ減弱してプラセボとの差がなくなってしまうのか,まだわからない.
- ※2回目接種からCOVID発症までの治験中の平均追跡期間は,3ワクチンとも40日台~80日台,すなわちせいぜい3ヶ月以内.
- ※治験参加者をさらに長期間観察すれば長期効果もわかっていくが,世界的大流行が続く中でプラセボ接種者に本当のワクチンを打たないまま1年も2年も経過観察するのが倫理的に許されるのか,議論が出る可能性がある.ただしプラセボ接種者に今後本当のワクチンを接種すれば,その後の長期間の効果は判定不可能になる.
- PfizerワクチンとModernaワクチンでは,無症状COVID感染が予防できるのか,まだわからない.
- AstraZenecaワクチンでは,無症状COVID感染の予防は検出されなかった.
- 3ワクチンとも,他者への感染を予防できるのか,まだわからない.
- ※悪いシナリオとしては,「3ワクチンで発症は予防できるが他者への感染性は予防できない可能性」がある.すなわち集団免疫が獲得できず,接種した個人だけにメリットがある可能性が,今のところは否定できない.
- 治験参加人数(約1万~4万人)と観察期間の範囲では検出できなかった稀な重篤有害事象が今後報告されるのか,まだわからない.
- 治験参加人数と観察期間の範囲では検出できなかった抗体依存性免疫増強 ADE が今後報告されるのか,まだわからない.
2021年1月10日時点ではっきり言えること
以上を踏まえて,現時点で下記のことははっきり言えるでしょう.
|
3ワクチンが普及する場合に想定されるシナリオ
開発拠点国である米国,英国およびイスラエル等の輸入国では既に接種が開始され,合計で数100万人が接種を終えています.
日本でも2021年2月の接種開始に向けて急ピッチで自治体やプライマリケア医療機関が準備を進めています.
3ワクチンが普及していくにつれ,想定されるシナリオを列挙します.
良いシナリオ
まずは良いシナリオからです.
ワクチンによるパンデミックの終息
当然のことながら良いシナリオとして「COVIDパンデミックがワクチンによってコントロールされていく」ことが浮かびます.
ただしこれは,接種が始まったばかりの現段階では,「期待」のレベルでしょう.「月」の単位で得られるシナリオでは到底ありませんし,「確実に○年以内にワクチンがCOVIDを制圧する」と予測することも困難でしょう.
ワクチン接種者が発症and/or重症COVIDから守られる
これは3論文を読む限りでは,ワクチンを接種した人がCOVIDの発症and/or重症化から高確率で守られるということは,ほぼ断言できるでしょう.
予防効果の持続期間は未だ不明ですが,原著3論文にある Kaplan-Meier 曲線を見る限りでは,下側に位置する実薬群のなだらかなカーブが,プラス2-3ヶ月以内に急激に上向きにシフトして上側のプラセボ群のカーブに近づくという可能性は,低そうです.
悪いシナリオ
悪いシナリオもきちんと想定する必要があります.
悪いシナリオを未然に防ぐことは困難ですが,備えをして被害を最小限にとどめる努力は必要でしょう.
予防効果が長期的に減少していく
Kaplan-Meier曲線の印象からは実薬群のカーブが「急激に」上向く可能性は低いと思いますが,徐々に上を向き始めてプラセボ群カーブとの差がだんだん縮まっていく,というシナリオは想定する必要があると思います.
そもそも新型コロナウイルス SARS-CoV-2 への感染が終生免疫を得るというエビデンスは今のところなく(※世界最初の患者の感染から1年ちょっとしか経ってないんですから当然です),少数ながら2回目の感染例も世界中で報告され続けています.
ということは,ワクチンで得た免疫が長期間~生涯にわたって感染を予防してくれる保証もまたないわけです.
あるいは,ワクチンの性能として長期間もたない可能性もあります.その場合は一定期間ごとに再接種する戦略があり得ますが,再接種がブースターとして機能するかどうかを改めて治験または市販後臨床研究する必要があるでしょう.
重篤有害事象が新たに報告される
3ワクチンの治験では,実薬群に有意な重篤有害事象は報告されませんでした(AstraZenecaワクチンでの横断性脊髄炎1例は関連が否定されていないレベル).
しかし一般的に,ワクチンの重篤有害事象は数100万人~数億人に接種しつつ医師が丁寧に論文等で報告し続けることで,数ヶ月~数年かけて因果関係が検証されていくものです.
せいぜい4万人程度の参加者数と平均2-3ヶ月程度の観察期間では,起こりうる重篤有害事象をすべて発見することは不可能であることを,しっかり認識せねばなりません.
もちろん,時間をかけて因果関係が定まっていく重篤有害事象の頻度は,100万接種当たり数件程度のごく低頻度であることが一般的です.したがって,未知の重篤有害事象を過度に怖がって接種しないのは,得策とは言えません.その低いリスクよりも,第3波の真っただ中でCOVIDに感染してしまうリスクの方が,ずっと高いはずです.
個人の選択としては,未知の低頻度な重篤有害事象をおそれて接種しないのではなく,COVIDに感染して生活が著しく阻害されたり生命の危険にさらされるリスクを減らすために接種を受ける方が,ずっと得策でしょう.
抗体依存性免疫増強 ADE が新たに報告される
重篤有害事象やADEの報告がきっかけでワクチン忌避が起きる
悪いシナリオ④国際渡航その他の場面で接種を要求(強要)されたり差別が起きる
悪いシナリオ⑤接種済みを免罪符と勘違いして感染予防策を無視する人が増える
現実のハードル
人口が多い国ほど接種完了までに時間がかかる
感染者数が少ない国ではワクチンの効果を国として実感しにくい
日本でのコロナワクチン接種体制について
改正予防接種法における扱い
日本政府による調達計画
日本での治験と認可
接種の是非の判断を迫られる人々
3ワクチン論文の詳細なまとめ
この項では3ワクチン論文の詳細をまとめています.
重要な部分を,各要素に分けて整理します.
方法:治験の参加者
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |
---|---|---|---|
年齢 |
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背景 |
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※4つの異質な治験の統合のためサイト管理者による概算値 |
除外基準 |
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論文中には除外基準の明記なし |
対象人数 |
Per protocol解析対象:
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Per protocol解析対象:
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効果の解析対象:
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実はAstraZenecaの論文は,それぞれ「COV001」「COV002」「COV003」「COV005」と名付けられた4つの異質な治験を,統合した結果を示しています.
このうち COV001 と COV005 は,安全性評価と用量決定が主目的の phase 1/2 です.そのためこれら2治験の参加者の結果は,副反応の集計対象にはしていますが,効果の集計からは外されています.
COV002 と COV003 が phase 2/3 です.効果の集計にはこれら2治験の参加者の結果のみ反映されています.
方法:治験での投与法
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |
---|---|---|---|
実薬 |
含有量 30μg/0.3mL |
含有量 100μg/0.5mL |
ベクターウイルス量
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プラセボ |
生理食塩水 |
生理食塩水 |
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接種スケジュール |
2回接種;21日間隔 |
2回接種;28日間隔 |
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投与経路 |
筋注(三角筋) |
筋注(三角筋) |
筋注(三角筋) |
AstraZenecaの投与法がかなり複雑になってしまっています.理由は以下の事情によるものです.
「参加者」の項で説明したとおり,AstraZenecaでの効果を解析する治験は「COV002」と「COV003」の2つのみです.
論文によると,COV002で製造した実薬ロットを検定したところ,ベクターウイルス量が測定手法によって大きく異なる結果が出てしまったそうです.
- ※同一ロットを,分光光度法で測定した場合でベクターウイルス量 5.0×1010,定量PCR法で測定した場合で 2.2×1010
先に実施したCOV001において,分光光度法による測定で5.0×1010と安全用量を決定していたため,一貫性を保つためにCOV002の1回目投与ではこのロットを接種しました.
しかし,COV002の1回目投与後の副反応を観察したところ,想定しうるワクチン反応性症状(接種部位の腫脹や発熱など)の頻度が事前予想よりも低いことがわかりました.論文にはそれ以上の記載がありませんが,私の想像では,治験担当者は「1回目ロットのベクターウイルス含有量が予定よりも少なかったかも…」と考えたかもしれません.
さらに論文によると,分光光度法によるウイルス量測定において,実薬に含まれる添加剤が分光光度測定に干渉することが判明したそうです.つまり分光光度法ではウイルス量を正確に測定できないことがわかったのです.
1回目ロットのベクターウイルス量が少ない可能性がある上に,当初計画の検定法では本当に少ないかどうかすら正確に測定できないことがわかった訳ですから,治験担当者達は相当頭を抱えたのではないかと私は想像しています.
論文によると,治験担当者は監視当局と協議して許可を得た上で,COV002で使用するロットの検定を定量PCR法測定で行うよう,中途で治験プロトコルを変更したそうです.定量PCR法で5.0×1010と測定されたロットに中途から切り替えることになったため,COV002の実薬群参加者の一部は結果的に,1回目に2.2×1010含有の実薬を,2回目には5.0×1010含有の実薬を,それぞれ接種することになったのです.
- ※論文では2.2×1010含有の実薬を「low dose, LD」と呼び,5.0×1010含有の実薬を「standard dose, SD」と呼んでいます.
また,一連の中間検証,監視当局との協議やプロトコル変更に時間を要したため,COV002の2回目接種は当初計画の4週間を大きく超えてしまいました.
1回目のLD投与群に対する2回目としてのSD投与は,殆ど(99%超)の対象者が9週間以上の間隔で,うち半数以上(52%超)は12週以上という大幅遅延の接種間隔となっています.
一方で,COV002の中でも遅い時期=SDロットが確立された後に登録した参加者は,1回目でもSDを投与されました.2回目投与も,早期登録参加者よりは短い間隔で接種されています.
- (※本当は上記事情に加えて,COV002の若年参加者(55歳以下)を早期に登録した上で当初は1回のみの接種スケジュールだったところLDが判明したためブースター目的に2回目接種を急遽加えるよう変更したとか,同じCOV002でも高齢参加者(56歳以上)は遅くに登録した上で当初から2回接種スケジュールの計画だったとか,ややこしすぎる事情もあります)
なお,COV003はSDロットが確立された後で登録が始まったようです.そのためCOV003参加者の実薬群は全員が1回目からSD投与ですし,参加者の60%超は2回目を6週間以内に接種しています.
このとおりAstraZenecaワクチンは,ロット検定法の不備により,中途変更を含むあまりに複雑な治験構造となってしまいました.治験としてそれはどうなんだと正直疑問ですが,新型コロナのワクチン開発は超緊急課題ですから,特別に許されたのかもしれません….
AstraZenecaワクチンはそれらの点を割り引いて評価する必要があると,私は考えています.
方法:効果(エンドポイント)と有害事象の検証方法
以下の表ではすべて「実薬群ではプラセボ群に比べて」を省略しています.
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |
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一次エンドポイント |
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二次エンドポイント |
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予想される有害事象 |
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その他の有害事象 |
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結果:効果 vaccine efficacy
いよいよ結果,vaccine efficacy, VE です.
下表において「平均追跡」はいずれも論文中にはありません.論文中に記載された人年/人日と解析対象人数/at risk人数から,私が逆算したものです.
どのワクチンも「2回目の7/14日後以降」という極めて短期間でエンドポイントを見ているため,予防効果がどれぐらいの期間続くのか予想できません.せめて2回目接種からCOVID発症までの平均追跡期間を見ることで,「70%や95%というVEが保たれるのは平均で少なくともどのぐらいの期間か」を考えることができます.
もちろん,3論文ともKaplan-Meier法による累積発症グラフを掲載しており,そちらの方が視覚的にわかりやすいです.是非ご参照ください.著作権の関係でグラフを本ページに転載することができないため,代わりに平均追跡期間を計算した次第です.参考程度にお考えください.
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | |
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一次エンドポイント |
2回目7日後以降のCOVID発症
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2回目14日後以降のCOVID発症
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2回目14日後以降のCOVID発症
SD→SD投与群
LD/SD問わず全集計
2回目14日後以降の無症候COVID感染
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二次エンドポイント |
接種後時期を問わない重症COVIDの減少又は増加
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2回目14日後以降の重症COVIDの減少又は増加
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結果:有害事象
Pfizerワクチン | Modernaワクチン | AstraZenecaワクチン | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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予想される有害事象 |
各接種7日後以内のワクチン反応性症状
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各接種7日後以内のワクチン反応性症状
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治験進行中のいかなる症状も自発的に報告
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その他の有害事象 |
2回目1ヶ月以内の有害事象・6ヶ月以内の重篤有害事象
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2回目28日以内の有害事象
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