差分

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そのためデングウイルスワクチンの開発に当たっては,「ワクチンで産生された抗体がその後のデング感染でADEを起こさないように設計する」ことが至上命題です.これは開発者にとって高いハードルとなり,デングワクチン実用化には長い時間がかかりました.
その末に2014年,治験phase 3でADEが観察されなかったデングワクチンがついに登場しました.3で ADE が観察されなかったデングワクチンがついに登場しました.
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[https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(14)61060-6/fulltext Capeding MR, Ngoc Huu Tran, Hadinegoro SRS, et al. 2014. "Clinical Efficacy And Safety Of A Novel Tetravalent Dengue Vaccine In Healthy Children In Asia: A Phase 3, Randomised, Observer-Masked, Placebo-Controlled Trial". The Lancet 384 (9951): 1358-1365. doi:10.1016/s0140-6736(14)61060-6.]
}}
 
後に商品名「Dengvaxia」と名付けられるこのワクチンは,phase 3でデング感染すべてに対して 56.5% の VE を示しました.さらに,重症デングの1形であるデング出血熱に対する VE も 88.5% と良好な数字を示したのです.今回の3ワクチンと状況は似ています.
 
しかし,翌2015年に発表された下記の治験後長期観察では,接種から3年以内のデング感染による入院は,9歳以上の小児および成人ではプラセボに比して相対リスクが 0.50 (95%CI 0.29-0.86) と有意に減少しましたが,9歳未満の小児については相対リスクは 1.58 と「実薬群の方がデング入院が多くなる」という結果となりました.ただし95%信頼区間は 0.83-3.02 と1をまたいだため,統計学的な有意差は認められませんでした.
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[https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1506223 Hadinegoro SR, Arredondo-García JL, Capeding MR, et al. 2015. "Efficacy And Long-Term Safety Of A Dengue Vaccine In Regions Of Endemic Disease". New England Journal Of Medicine 373 (13): 1195-1206. doi:10.1056/nejmoa1506223.]
}}
 
「9歳未満小児で実薬群の方がデングによる入院が増えたが統計学的有意差はなかった」という微妙な結果に対して,掲載誌の New England Journal of Medicine は掲載号のエディトリアルで警告を発しています.
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|content=
[https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMe1509442 Simmons, Cameron P. 2015. "A Candidate Dengue Vaccine Walks A Tightrope". New England Journal Of Medicine 373 (13): 1263-1264. doi:10.1056/nejme1509442.]
}}
 
この流れの翌年2016年,フィリピン政府は世界で初めて Dengvaxia を「9歳以上の小児および成人」に限定して定期接種として導入しました.長期観察で9歳以上はデング入院が減少していたためです.
 
その後6ヶ月超の間に83万人あまりの小児が Dengvaxia 接種を受けた頃,2017年に製造元の Sanofi Pasteur が重大な発表を行いました.
:[https://www.sanofi.com/en/media-room/press-releases/2017/2017-11-29-17-36-30 Sanofi updates information on dengue vaccine. Press releasesNovember 29 2017]
Dengvaxia のさらなる長期成績を解析したところ,
*Dengvaxia接種前に既に1回以上のデング感染歴があった者では,Dengvaxia は2回目以降のデング感染も重症デングも予防する
*Dengvaxia接種前にデング感染既往がなかった者では,Dengvaxia 接種後の初めてのデング感染によって,逆に重症デングが増加する
という結果が明らかとなったのです.
 
そして Sanofi Pasteur は Dengvaxia の添付文書を「接種対象者はデング感染既往がある者に限る」と改訂したのでした.
 
これはフィリピンで大変な問題となり,市民,特に小児の保護者のワクチン忌避を引き起こしました.
 
現実には,治験ではなく定期接種として接種を受けた小児の大半で過去にデング既往があったかどうかはわかりません.フィリピンでは毎年数10万人がデングに感染するため,発熱してもデングを疑った厳密なウイルス学的診断は殆ど行われず,臨床診断されるのみか受診すらしないケースばかりだからです.<br>
よって,Dengvaxia接種児が実際に重症デングに罹患したとしても,それが Dengvaxia による抗体が原因でのADEなのか,初感染であっても Dengvaxia とは関係のない(ADEではない)重症化なのか,はたまた Dengvaxia前に感染歴があって前回感染の抗体によるADEなのか,個々の症例で区別することは不可能だったのです.<br>
そもそも研究において統計的にのみ観察された事象について,市中での個々の症例が研究でのどちらの群に相当するのかを区別することは,原理的に不可能です.
 
しかし,一般市民はそのようには理解しません.Dengvaxia接種児が重症デングになれば,保護者が「うちの子はワクチンのせいで重症化した」と嘆くことは想像に難くありません.また,医療関係者がその保護者の考えを否定することもできません.
 
その結果,「Dengvaxiaは危険なワクチンだ」→「すべてのワクチンが危険だ」と世論がエスカレートしてしまいました.
 
 
 
 
ただし.<br>
フィリピンでの導入の前年2015年に,Dengvaxiaの治験後長期観察のデータが発表されました.
 
新型コロナとADEについては下記の総説もご参照ください.

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