「指定感染症とは|感染症法の解説」の版間の差分
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2020年2月1日 (土) 19:43時点における版
令和2年(2020年)1月28日に「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令(一一)」が公布され、同年2月7日(政令公布の日から起算して10日を経過した日)から施行されると記載されました。
さらに、同年1月31日に「新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令の一部を改正する政令(二二)が公布され、同日中に施行されました。こちらの政令では、上記(一一)が同年2月1日(上記政令公布の日から起算して4日を経過した日に改める)から施行されました。
この2つの政令公布により、2020年2月1日午前0時00分をもって、2019-nCoVによる感染症は法令上「新型コロナウイルス感染症」という名称で、感染症法上の「指定感染症」に指定されました。
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以下に、感染症法と今回の指定感染症について解説します。
目次
感染症法とは
感染症法は正式名称を「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(平成10年法律第114号)といいます。
第1条において、感染症法の目的を下記のように明記しています。(※太字はサイト管理者による)
(目的)
第1条 この法律は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関し必要な措置を定めることにより、感染症の発生を予防し、及びそのまん延の防止を図り、もって公衆衛生の向上及び増進を図ることを目的とする。 |
「措置」という日本語は、辞書によると「事態に応じて必要な手続きをとること。取り計らって始末をつけること。処置。」(デジタル大辞泉)とあります。
法律用語・行政用語としての「措置」は、行政機関(の長)や自治体(の首長)などが、法令上の権限や義務に基づいて行う手続きや処置のことを指します。
したがって感染症法の目的とは、感染症の予防や医療を行うための各種の措置を法律で定めて、必要に応じてそれら措置を実行し、その結果として感染症の発生予防やまん延防止を実現すること、と言えます。
措置を法律で定める | ⇒ | 措置を実行して以下を実現する |
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感染症法が定める措置の実施主体
感染症法が定める措置の内容を説明する前に、措置の実施主体(措置を実施する者)について若干の説明が必要です。
感染症法の各条文を読むと、「都道府県知事は」「厚生労働大臣は」「医師は」などの主語で始まっていることがわかります。これらの主語が、その後に書かれてある各種の措置の実施主体(措置を実施する者)です。
こうした法律においては、「知事」「大臣」「医師」などの役職名によって「人」を実施主体とすることが一般的です。
例えば、措置を実施する際に措置内容を記した文書を交付する場合などに、その文書の交付者として「○○知事」「○○大臣」「医師 ○○」と書かれるわけです。
ただし、現実には、個々の措置を首長や大臣が直接現場に出向いて指示するわけではありません。
措置の実際を考えるのは、各自治体や厚生労働省の感染症担当部署です。
感染症担当部署の職員が実務を担い、措置の内容を検討し、「この通りに措置を行うべきと考えます」と首長や大臣に上申し、それを首長名や大臣名で発するという仕組みです。
したがって、感染症法で実施主体が「都道府県知事」「厚生労働大臣」と書かれてある場合、実際には自治体等の感染症担当部署が実務を担っているとお考えください。
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「保健所設置市(区)長」は都道府県知事とほぼ同等の措置を担う
措置の実施主体が「都道府県知事」と書かれてある場合、実務を担うのは都道府県庁の感染症担当部署です。
ただし、一定以上の規模の市及び東京都の23の特別区は、都道府県から独立して独自に保健行政を遂行する権限を与えられています。
それらの市区は、保健所も独自に設置しています。そのため、「保健所設置市(区)」と通称されています。
保健所設置市の一覧は厚生労働省のウェブサイトで公開されています。
保健所管轄区域案内|厚生労働省 |
これに伴い、感染症法第64条において、感染症法の大半の条文の「都道府県知事は」を、「保健所設置市(区)長は」と読み替える(=同じ権限を与える)ことが明記されています。
すなわち、感染症法において、保健所設置市長には都道府県知事とほぼ同等の権限が与えられます。
(医療機関の指定などの一部の権限は都道府県知事のみです)
よって、
- 自治体が保健所設置市である場合は、措置の実務を担うのは市役所の感染症担当部署
- 自治体が保健所設置市でない場合は、措置の実務を担うのは都道府県庁の感染症担当部署
ということです。
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感染症法が定める「措置」
感染症が発生しないように未然に予防したり、発生した感染症がまん延しないように防止するため、感染症法に定められている主な措置は下記のとおりです。
前記のとおり、これらの措置の実施主体は、都道府県知事又は保健所設置市(区)長、厚生労働大臣、医師、などに分かれています。
これら措置の中で、最も臨床に直結するのは「入院」(感染症法第19条・20条)でしょう。
感染症のまん延を防止することと、適切な医療を提供することを目的として、疑似症患者又は確定患者を法に基づいて入院させるという措置です。
入院先は感染症指定医療機関が指名されており、病床は陰圧管理が可能な感染症専用の個室です。
この入院は、まず都道府県知事(又は保健所設置市長)が入院の「勧告」(書面で交付)を患者に対して行い、勧告に従って入院するよう促します。
もしも患者が勧告に従わない場合は、都道府県知事(保健所設置市長)の権限で強制的に入院させることもできます。
強制力を伴う、いわゆる隔離入院としての措置です。
他にも、積極的疫学調査や病原体検査、就業制限や交通の制限等、感染症の発生把握とまん延防止のための様々な措置が定められています。
感染症の発生予防及びまん延防止のために、種々の措置が定められ、実施される
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措置 | 条文 | 内容 | 実施主体 | 権限vs義務 | |
---|---|---|---|---|---|
権限 | 義務 | ||||
医師の届出 | 第12条 |
|
|
✔ | |
感染症の発生の状況、 動向及び原因の調査 |
第15条 |
|
✔ | ||
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✔ | |||
健康診断 | 第17条 |
|
|
✔ | |
就業制限 | 第18条 |
|
|
✔ | |
入院 | 第19条 第20条 |
|
✔ | ||
移送 | 第21条 |
|
✔ | ✔ | |
消毒 | 第27条 |
|
|
✔ | |
交通の制限 | 第33条 |
|
|
✔ | |
措置 | 条文 | 内容 | 実施主体 | 権限 | 義務 |
権限vs義務 |
感染症の「類型」:一類~五類
感染症に対する様々な措置を前項で紹介しましたが、これらの措置はいかなる感染症に対しても適用されるわけではありません。
一部には人権制限も伴うような、強制力のあるものばかりですので、感染症の重大さに応じて適用される措置も異なります。
すなわち、「この措置はこの感染症にのみ適用する」旨を、法律に明記する必要があります。
ただし、措置を適用する感染症を個別に指定するのは煩雑であり、医学の進歩に伴って感染症や病原体の情勢も変化します。
このため、重大さ等に応じて感染症をグループ分けし、そのグループに対して適用される措置を指定する、という方式をとっています。
それら感染症のグループを「類型」と呼びます。
類型と、各類型に分類される個々の感染症は、感染症法第6条に定義されています。
感染症の重大さ等に応じて措置の適用範囲を定めるため、
感染症はグループ分けされている =「類型] |
類型 | 条文 | 特徴 | 指定されている疾患 | |
---|---|---|---|---|
一類感染症 | 第6条 第2項 |
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二類感染症 | 第6条 第3項 |
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三類感染症 | 第6条 第4項 |
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四類感染症 | 第6条 第5項 |
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五類感染症 | 第6条 第6項 |
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感染症の「類型」:新興再興感染症に備えて
前項の一類~五類は個別の疾患をホワイトリスト方式で指定しています。
しかしこれだけでは、新興再興感染症が現れた時にまん延防止に必要な措置が実施できません。
そこで感染症法は、新興再興感染症に備えるために、以下の3つの類型も定めています。
この3つの類型は、新興再興感染症が発生した場合に政令等で定めることで、機動的に措置がとれる仕組みになっています。
法律を制定・改正するのは国会であり、毎年1月~6月の国会開会中でなければ制定・改正ができません。
一方で政令を制定するのは内閣であり、毎週開催されている閣議を通じて機動的に制定することができます。
今回の新型コロナウイルス感染症も、内閣が制定した政令によって「指定感染症」に定められ、各種の措置が実施できるようになったのです。
新興再興感染症に機動的に備えるために、以下の3類型も定められている
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類型 | 条文 | 内容 | 指定の方法 |
---|---|---|---|
新型インフルエンザ等感染症 | 第6条 第7項 |
新型インフルエンザ
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再興型インフルエンザ
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法令上は上2者を総称して新型インフルエンザ「等」感染症と呼ぶ | |||
指定感染症
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第6条 第8項 第7条 |
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新感染症 | 第6条 第9項 第44条の6 テンプレート:Vertical 第53条 |
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上記2つ目の類型が、今回2019-nCoVが指定された「指定感染症」です。
コロナウイルス自体は既知の病原体(感染症)です。
それが変異してヒトに重篤な症状等を起こすようになり、まん延防止のために複数の措置が必要と判断されたことから、「指定感染症」に定められたのです。
既知であるコロナウイルスが変異して重篤な感染症を起こすようになったことに対し、蔓延防止の措置を実施するために、新型コロナウイルス感染症が指定感染症に定められた
|
各類型に対して実施する措置
これまで解説したとおり、感染症法は蔓延防止等のために措置を定め、措置の対象感染症を類型で定めています。
類型と措置の組み合わせは、下表のとおりとなっています。
下表において、「✔」は実施主体による「権限」です。すなわち、措置を実施するか否かを実施主体が決めることができます。
一方で、「✔義務」は実施主体の「義務」です。すなわち、実施主体は措置を必ず実施しなければいけません。
措置 | 条文 | 実施主体 | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
医師の届出 | 第12条 |
|
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
感染症の発生の状況、 動向及び原因の調査 |
第15条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | |
健康診断 | 第17条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ 第45条 | |||
就業制限 | 第18条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ||||
入院 | 第19条 第20条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ 第46条 | ||||
移送 | 第21条 |
|
✔ 義務 |
✔ | ✔ | ✔ 第47条 | ||||
消毒 | 第27条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ 第50条 | ||
交通の制限 | 第33条 |
|
✔ |
上表のとおり、新型インフルエンザ等感染症と新感染症に対しては、実施できる措置があらかじめ感染症法に明記されています。
一方で、指定感染症の場合は、実施できる措置は政令でその都度定めることになっています。
これは、指定感染症の重大さ等に幅があることを想定し、措置の範囲を一律に定めず、政令で機動的に定められるようにしてあるのです。
指定感染症に対する措置は、政令でその都度定める
|
指定感染症「新型コロナウイルス感染症」に対する措置は二類感染症と同じ
今回の指定感染症「新型コロナウイルス感染症」に対して実施できる措置も、政令で定められました。
この政令を正確に読み解くには、感染症法の各条文と照らし合わせなければならないので、なかなかに大変です。
ですが一言で言ってしまえば、指定感染症としての新型コロナウイルス感染症には、二類感染症と同じ措置が実施できる、と定められました。
- ※正確に言えば、「政令で細かく定めた内容を総合すると、結果的に二類感染症と同じ措置となっている」ということです。政令に「二類感染症と同じ措置とする」のように簡単に書かれたわけではありません。
二類感染症の代表的な疾患は、中東呼吸器症候群(MERS)や鳥インフルエンザA(H7N9)などです。
これらと同じ措置が新型コロナウイルス感染症に対しても実施できると理解いただいて結構です。
- (※結核も二類感染症ですが、公費負担の方法等が他の二類感染症と若干異なります)
すなわち、
- 新型コロナウイルス感染症が疑われる患者に対し、都道府県知事(保健所設置市長)が健康診断を受けさせる(法第17条)
- 新型コロナウイルス感染症が疑われる患者に対し、都道府県知事(保健所設置市長)が検体採取に応じさせる(法第15条)
- 新型コロナウイルス感染症の疑似症患者又は確定患者を、都道府県知事(保健所設置市長)が入院させる(法第19条)
などの措置が可能となりました。
これらの措置を通じて、新型コロナウイルス感染症の蔓延防止を目指すこととなります。
指定感染症「新型コロナウイルス感染症」に対する措置は、
二類感染症に対する措置と同じ |
措置 | 条文 | 実施主体 | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | テンプレート:Vertical | 措置 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
医師の届出 | 第12条 |
|
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
✔ 義務 |
医師の届出 |
感染症の発生の状況、 動向及び原因の調査 |
第15条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | 感染症の発生の状況、 動向及び原因の調査 |
健康診断 | 第17条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ 第45条 |
健康診断 | ||
就業制限 | 第18条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | 就業制限 | |||
入院 | 第19条 第20条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ 第46条 |
入院 | |||
移送 | 第21条 |
|
✔ 義務 |
✔ | ✔ | ✔ | ✔ 第47条 |
移送 | |||
消毒 | 第27条 |
|
✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ | ✔ 第50条 |
消毒 | |
交通の制限 | 第33条 |
|
✔ | 交通の制限 |
症例定義と患者・疑似症患者について
これまでの解説において、
- 感染症が疑われる患者
- 疑似症患者
- 確定患者
などの用語を使ってきました。
感染症法は「措置を定めた法律」であり、措置を実施する対象疾患を「類型」で定め、措置の「実施主体」も定めています。
もう一つ定めねばならないのが、それらの措置を「誰に対して実施すべきか」、すなわち「措置対象者」です。
一部には人権制限も伴うような、強制力のある措置ばかりですので、措置対象者は明確に定められなければいけません。
感染症法では、措置対象者を以下のような用語・表現で記しています。
これらの用語・表現の明確な定義は一部を除いて感染症法内には記されておらず、医学的常識に従って解釈したり、別途発出される通知等によって意思統一が図られます。
- ※下記の他にも、措置対象としての媒介動物や死体についての表現が複数あります
感染症法上の表現 | 定義した条文 | 感染症法上の定義、一般的な解釈 | 備考 |
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患者 | (定義なし) |
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当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者 | (定義なし) |
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疑似症患者 | 第6条第10項 |
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無症状病原体保持者 | 第6条第11項 |
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また、感染症のサーベイランスや検査を行う場合にも、「誰を対象とし、誰を対象から外すか」の線引きが必要です。